尹錫悦韓国大統領が先週訪日した時、私は韓国にいた。韓国のマスコミでは、尹大統領が戦時労働者問題で大きく譲歩したとして、岸田文雄首相が明確な謝罪の言葉を述べるかどうかに注目が集まっていた。元労働者に韓国政府傘下の財団が慰謝料を支払うという韓国政府の解決策について、町には「日本がやったことなのに韓国が支払うのか」という左派野党の横断幕があちこちに見られた。その中で、過去の歴史認識を全体として引き継ぐという言葉だけで、新しい謝罪をしなかった岸田首相の姿勢は評価できる。
特に「過去の謝罪を引き継ぐ」と言わず、「過去の歴史認識を引き継ぐ」とした点が良かった。なぜなら「過去の歴史認識」の中には、道義的な「謝罪」も含まれているが、①日本の朝鮮半島統治は合法②労働者の戦時動員は強制連行や強制労働に当たらない―という法的立場も含まれているからだ。
アグリー・トゥ・ディスアグリー
尹大統領訪日直前の3月9日の衆院安全保障委員会で、林芳正外相は「(戦時動員は)強制労働に関する条約上の強制労働には該当しないものと考えており、これらを強制労働と表現するのは適切ではない」と明言している。日本のマスコミはこの発言を伝えなかったが、韓国のテレビでは答弁の場面が繰り返し報じられていた。しかし、尹大統領を支持する右派メデイアは、それを「妄言」と糾弾しなかった。
異なる国家間で歴史の評価が完全に一致することはあり得ない。不一致を互いに認め合う「アグリー・トゥ・ディスアグリー」しかない。今回の日韓首脳会談で両国政府はそのラインに戻ったと言えるだろう。
ただし、次の政権が左派野党に移ったら必ず覆されると覚悟して韓国と付き合うしかない。尹大統領の訪日を「屈辱売国外交」と非難する左派野党「共に民主党」の李在明代表は「5年の大統領任期後は、国の政策の最終決定権者は別の人間になる」と述べ、自分たちが政権を取ったら「ちゃぶ台返し」をすることを予告した。
残念だったレーダー事件棚上げ
本来なら日韓間でも真実については認識の一致ができるはずだが、現時点ではそこに至っていない。だが、韓国でも拙著が翻訳出版され、慰安婦や労働者が強制連行されたという主張はウソだという私の考えに同意する学者、ジャーナリスト、運動家が活発な活動を繰り広げている。
3月15日、日本大使館前の路上では、慰安婦像を建てた反日組織の集会と、像撤去を要求する「アンチ反日」派の集会が開かれた。驚いたことに、前者は30人程度だったのに対し、後者にはその3倍の90人以上が日の丸と韓国国旗を持って集まった。私も後者で演説をして大歓声を浴びた。
残念だったのは岸田政権が2018年の韓国駆逐艦による自衛隊機へのレーダー照射事件の解決を首脳会談開催の前提条件にしなかったことだ。ある韓国の友人に自衛隊や防衛関係者の怒りを伝えたところ、「それならレーダー照射を認めないと関係改善はできないと岸田首相が尹大統領にきちんと言うべきだった」と言われた。(2023.03.20国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)