違う意見に耳を傾けたら相手をもっと嫌いになった! クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』(みすず書房)

違う意見に耳を傾けたら相手をもっと嫌いになった! クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』(みすず書房)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


「プリズム」が歪める敵の姿と自画像

「荒し」を行う人物や、明らかに過激派に属する人物など、ほかにも多くの興味深い事例や分析が紹介されているが、気になるのは「じゃあどうすればいいの」ということだろう。

「SNSアカウントを今すぐ消せ! 見るな!」と言ったところで、ここまで情報収集手段やコミュニケーションツールとして生活に根差したSNSを辞められる人はそう多くはない。

タイトルの『ソーシャルメディア・プリズム』とは、SNSによってまるでプリズムを通した光のように、相手の意見だけでなく自分の考えや見せ方までも屈折させてしまう現状を指している。

確かに、ある人物についてSNS上でフォロワーが増える過程で、「え、この人ってこんな物言いをする人だったの? しかもこんなツイートに『いいね』が1000超え?」と感じたことがある人もいるだろう。敵の言論は「いいね」稼ぎのネタとしか見られなくなって、それを切って捨てる自分こそ素晴らしい、という演出をするようになる。

敵とみなしたものは「大しておかしなツイートでもないのに」と思うようなものも、ほとんど難癖のように批判して見せることで、フォロワーからの反応を期待する。

日米のツイッターユーザーの違いもあるだろうが、少なくとも私たちは「論敵(例えば朝日新聞や教条的護憲派)の意見は頻繁に目にしている」。「だが、マシなものはネタにならないから無視され、ひどい内容のものほど印象に残る」。

さらには「論敵のひどい意見が仲間の批判コメント付きで自分の元に届くため、論敵に対する失望は増すばかり」なのだ。

これこそ「プリズム」の弊害というほかない。

一味違う「いいね!」を求めて

では、どうすればいいのか。

過剰な自己演出とその肯定(称賛)という満足感を上回るものを提示するしかない。

筆者のベイルは「過激な物言いで論敵をぶっ潰し、それによって『いいね』などの報酬を得られる現在のSNSとは別に、意見の異なる相手ときちんと向き合い、意味のある議論が出来たら報酬を得られる仕組みのSNSが必要だ」と考え、実際にそうしたツール(ディスカスイット)を用意している。

これも実験を経ているが、「希望の持てる結果が得られ、勇気づけられた」とベイルは言う。

小欄の筆者(梶原)も、「そもそもの思想はよって立つところが違う、しかし話をしてくれそうな相手」との対話を試みているが(下記URL)、確かにうまくいったときの手ごたえは大きい。「敵をぶっ叩くのではなく、議論を多少なりと深められる方法」で得られる「いいね」は、また格別の味わいがある。

どうせなら、自分の気分だけでなく、日本の言論状況が「明るくなる」つぶやきをする方がいい。

本書が言うように、まずは「いきなりエコーチェンバーを脱するのではなく、少しずつ、歩みを進める」、具体的には、「意見の違う穏健派」の見解に耳を傾けることから始めてみよう。

リベラルは、古い左翼的な「潔癖主義」から脱却を

https://sakisiru.jp/3236

「正しさ」や「正義」を気取ることで敗北のカタルシスに酔い、結果的に「安倍一強」を許してきたリベラル派。その「痛いところ」をついた『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)著者の岡田憲治・専修大教授(政治

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