違う意見に耳を傾けたら相手をもっと嫌いになった! クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』(みすず書房)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


この結果を初めて目にしたとき、われわれはコーディング(実験や聞き取りの結果からパターンを見出す方法)に誤りがあったのではと心配した。そこで、何時間もかけて手順を追ってみたが、何度やっても結果は同じだった。

簡単に言えば「エコーチェンバーを出て『相容れない人たちの言い分』を目にしたら、相手の意見の不確かさ、品性下劣さを確認することになり、もともと持っていた政治的性向を強める結果となってしまった」のだ。

実験に参加した人々の実例は実に興味深い。実験前には「私は保守でもリベラルでもありません」と語り、どちらかと言えば民主党支持、と言っているが、よく聞いてみると共和党の政策に近い見解も持っている、という女性・パティーは、エコーチェンバーから出て共和党系の意見に触れた結果、自らを「確固たる民主党派」と主張するに至ったという。

彼女が目にしたもののうち、印象に残ったのは〈過激な保守派数名による民主党派への粗野な、あるいは偏見に訴える攻撃〉だったという。

これまでのエコーチェンバーの中では見ることのなかった共和党系の口汚いツイートを目にし、「あんなのと一緒にされてはたまらない」と民主党への帰属意識を強めたのだ。

リベラル派のダブスタに怒り

また、実験前から共和党支持を打ち出していたジャネットという女性は、民主党支持者のツイートを目にするようになった結果、「あまりに苛烈なトランプ批判ばかり行われていること」や「民主党派が自分たちに都合のいい集会や報道ばかり取り上げていること」を知り、反民主党・反リベラル姿勢を強めたという。

特に腹を立てていたのは民主党派のダブルスタンダードで、「トランプばかりが不法移民を排除したように言うが、オバマも任期中はアメリカ側に来ようとする不法移民に催涙ガス弾を撃っていた」との主張には、筆者のベイルも驚いてファクトチェックを試みたという(結果、事実だった)。

ジャネットの場合、エコーチェンバーを出たことで「敵」との意見の対比がより際立ち、「味方」に加勢せねばとSNS上の戦争に「参戦」することになった。より深く強いエコーチェンバーを形成すべく、「味方」とみなした大勢のアカウントをフォローするようになったという。

敵対する勢力を攻撃することで味方同士の結束を図る。自ら信じるところの政治思想を強めていく。まさに「エコーチェンバーを出たら過激化した」のである。

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