岸田文雄首相が先の6カ国訪問の締めくくり会見で述べた「ウクライナは明日のアジア」との修辞は、現状変更勢力の中露に対抗する米欧との連帯を示す表明であった。ロシアにとって西の隣接国はウクライナだが、東の隣接国は日本であるという現実を考えれば、妥当な判断だ。しかも、目の前には地域覇権を目指す中国が、ロシアとの新しい枢軸を形成している。他方、岸田外交の脆弱性は、経済制裁で啖呵を切るものの、それに見合う抑止力の構えを用意しないことだ。力強い外交は、それを支える防衛力の強化を欠いては、かえって足元が危うくなる。
強まる日欧の連帯
岸田首相が発表した新たな対露制裁は、資産凍結の対象となる個人を追加し、輸出禁止の対象となる団体を拡大し、先端技術品の輸出を禁止する。独裁国家による侵略は「明日のアジア」でも起きるかもしれないとの認識から、「対露政策を転換した」と強調していた。これに対し、中国外務省報道官が「中国の脅威を誇張して自国の国力を増強する口実にしている」と警戒を表明しているから、適切な対中牽制策であったのだ。
岸田首相は今回、インドネシア、ベトナム、タイの東南アジア3カ国を歴訪し、ロシアのウクライナ侵略に対して国際社会が結束することを呼び掛け、一方的な現状変更はいかなる場所でも許されないとの決意を語ってきた。英国ではさらに、自衛隊と英軍との結び付きを強化する「円滑化協定」に大筋で合意し、日英の準同盟化に道筋をつけたことは大きな前進であった。
昨年は英独仏が、中国の台頭と勢力均衡の変化から海軍艦艇をインド太平洋に派遣して、日欧関係を飛躍的に前進させた。現在のウクライナ危機では、林芳正外相が4月7日の北大西洋条約機構(NATO)外相会議に初めて「パートナー国」として出席し、欧州との関わりを新しいレベルに高めた。自由主義国際秩序への挑戦は、インド太平洋地域を切り離して考えられないからだ。
露に弱さを見せるな
しかし、NATOから日本への期待度が高まる分、行動が伴わなければ失望も大きくなる。同じロシアの近隣国でも、ドイツは軍事面で劇的な変化を遂げた。国防費の国内総生産(GDP)比2%以上への引き上げを表明するとともに、ウクライナへの攻撃兵器供与を決定している。
独裁者は隣接国家の「弱さ」を見て干渉や挑発の誘惑にかられるから、曖昧な態度を取ることは危うい。口先の虚勢と見なされれば、力が正義と考える中露が牙をむく余地が出るだろう。すでにロシア軍はヘリを北海道沖で領空侵犯させ、津軽海峡、宗谷海峡、対馬海峡でも海軍艦艇を通過させた。北方領土では2度にわたり軍事演習を行い、日本海で潜水艦2隻が巡航ミサイルの発射実験に成功したと発表している。
プーチン(ロシア大統領)流の対外行動は、まず相手国の脆弱性を突き、譲歩があれば弱さの兆候と理解する。従って近隣国は、決して弱さを見せることなく連携して「力の均衡」を図ることが何よりも重要なのだ。(2022.05.09国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)