ロシアのウクライナ侵攻をめぐる西側とロシアの対立で、非西側世界の多くは独自路線を追求することを選んだ。実のところ、西側以外の主要な民主主義国は、南アフリカ共和国、ブラジルからインドネシア、インドに至るまで、中立を採用した。
バイデン米政権は、特にインドが国連のロシア非難決議に何度も棄権したことに苛(いら)立った。インドは世界最大の民主主義国なので、その中立はウクライナをめぐる対立を民主主義国と専制主義国の闘いの象徴であるとする西側の物語の土台を崩すからだ。
露に制裁も中国には沈黙
バイデン大統領はウクライナ戦争を「民主主義と専制主義、自由と抑圧、ルールに基づく秩序と暴力に支配された秩序の闘い」と位置付けている。
実際のところ、過去に米国が武器援助をした側は、決まって「自由の戦士」と形容された。アフガニスタンでソ連軍と戦ったイスラム主義勢力しかり(そこからアルカイダやタリバンが派生した)、シリアのアサド政権と戦ったイスラム過激派しかり(そこから「イスラム国」が生まれた)、である。
ここにパラドックスがある。インドが2年近く北部国境で中国の侵略に立ち向かい、中国から全面戦争の脅しもあったのに、バイデン氏はその侵略について口を開いたことがない。米国務省は侵略者と被害者を同列視し、「国境紛争の平和的解決」をインドと中国に求めた。
ウクライナ問題で、米国とインドは4月11日に外交・防衛担当閣僚協議を開き、一部の意見の相違を埋めた。その直前にはオンライン首脳会談も行われた。一連の協議で、米側は対露制裁にインドの順守を取り付けることに力を入れたのに対し、インド側は最大の経済パートナーである米国および最大の防衛パートナーであるロシアとの緊密な関係に影響を及ぼさずに中国の侵略に対抗することがどうしても必要だと強調した。