異例の起訴取り消し
「捏造でした」
6月30日、東京地裁七百十二号法廷で証人尋問された警視庁公安部の現職警部補が、自己の属する組織の巨悪を暴露した。
2020年3月、「生物兵器に転用できる機械を中国と韓国に違法に輸出した」として、外国為替及び外国貿易法違反容疑で、大川原化工機株式会社(大川原正明社長・横浜市都筑区)の社長ら幹部三人が警視庁公安部に逮捕・起訴された。
大川原社長、相嶋静夫元顧問、島田順司元取締役の三人は一貫して容疑を認めなかったため、11カ月も長期勾留。なかでも相嶋氏は勾留中に胃がんの進行が判明したが、勾留停止が認められず、入院した時はすでに手遅れで、72歳の生涯を閉じた。
夫を案じた妻が「嘘でもいいから容疑を認めてほしい。死んだら終わり」と懇願したが、夫は信念を曲げなかった。
驚きの展開を見せたのは、初公判が行われる直前の2021年7月30日。東京地検が異例の起訴取り消しを決定。「起訴有罪率99%」を誇る検察庁としては苦渋の措置だった。それに伴い、東京地裁が刑事補償計1130万円を支払う決定をしたが、大川原社長らは民事裁判で国(検察庁)と東京都(警視庁)に約5億7千万円の損害賠償を請求。
その民事裁判の法廷で、公安部の警部補が「捏造でした」と告白し、前代未聞の展開になっている。
相嶋氏の長男の怒りはおさまらない。
「日本は『逮捕=有罪』と見られる社会。刑事被告人のレッテルのまま死んだ父はどんなに無念だったか。拘置所での診断で入院が必要と判明しながら適切な処置をせず、父を死なせたのは殺人ですよ」
不正輸出めぐるえん罪事件 捜査は違法 国と都に賠償命じる判決 | NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231227/k10014301301000.html【NHK】不正輸出の疑いで逮捕されて1年間近く勾留されたあと、無実が明らかになった会社の社長などが国と東京都を訴えた裁判で、東京地…
安全に扱えれば違法
そして、違法捜査について「警視庁の担当者や起訴した検事らに刑事責任を求めたい」。だが、実際に起訴した担当の女検事は「謝罪しません」と言い放っている。
社長の話を聞く前に、事件の経過を振り返っておこう。
2018年10月3日朝、横浜市の自宅を出勤しようとした大川原社長に「外為法違反容疑で捜索令状が出ています」と警視庁の捜査官らが声をかけてきた。「何の件ですか?」と訊いても「捜査の秘密」と答えず、そのまま数人が家に上がり込んで捜索し、携帯電話や書類などを押収。会社でも、手当たり次第に書類やパソコンなどを押収した。
「わが社は売ったら終わりではない。修繕などもあるのに、設計図まで持ち去られてしまい、販売先の修繕の注文にも応じられなかった」(大川原社長)
その後、「生物兵器の製造に転用できる噴霧乾燥機を、ドイツ企業傘下の中国の子会社に無許可で輸出した」という外為法違反容疑だとわかる。
この噴霧乾燥機とは、ステンレス容器内に噴射した液体に高熱をかけて瞬時に粉末にする装置で、コーヒーやスープの粉末、医薬品など用途は広い。大川原化工機は国内シェア7割を誇るトップメーカーで、中国、イタリア、インドなどに数多く輸出している。
米国で2001年に起きた同時多発テロ、近年の米中対立などから経産省は、2017年に外為法を改正し、輸出規制を強化した。噴霧乾燥機は炭疽菌などを撒く生物兵器に転用されやすいとして、①水分の蒸発量②粒子直径③定置状態での内部の滅菌④殺菌の可能性を基に規制を設けた。
今回、②が焦点となる。「定置状態で」とは「分解せずに」ということ。分解せずに滅菌・殺菌できなければ作業者に危険が及び、兵器転用ができない。そのため、それが可能な噴霧乾燥機は該当となり、許可申請が必要となる。
滅菌・殺菌には熱風をかけるが、機器全体に熱が行き渡ることが必要だった。あべこべに聞こえるが、「安全に扱えれば違法」なのだ。
大川原化工機の噴霧乾燥機は定置で、滅菌・殺菌はできない。危険な菌など扱わないから滅菌、殺菌は必要もない。だからこそ、12月から何度も都内に呼ばれて任意取り調べを受けた三人は「うちの噴霧乾燥器では完全殺菌などできない」と説明したが聞き入れられず、一年半後の2020年3月11日に逮捕された。
「彼らは『セイシンのようになりますよ』などと言ってきた。ある程度は逮捕も予想はしていました」(大川原社長)
東京都渋谷区の精密機械メーカーセイシン企業は、2003年6月、1994年3月に北朝鮮、イランなどにジェットミルをはじめとしたこれらの機器合計30台以上を不正輸出したことが判明し、外為法違反で有罪が確定している。