ロシア軍はウクライナに侵攻するのか、侵攻するとすれば戦争はどのような規模になるのか、世界は息を潜めている。それはともかく、米国と欧州主要国の対応を観察していると、中長期的には西側の防衛体制に対する路線の相違が顕在化し、米欧間の大西洋同盟あるいは北大西洋条約機構(NATO)そのものが変化せざるを得ないのではないかと考えられる。
英仏独が歩む別々の道
ウクライナ危機でとりわけ目立った活動を展開したのはフランスのマクロン大統領だ。マクロン氏が折に触れて述べるのは「欧州の主権」の強化である。昨年12月9日、今年上半期の欧州連合(EU)議長国就任を前にした会見でも、「目標を簡単にまとめるなら、世界の中で強い欧州、完全な主権の下で自らの選択を行い、自らの運命を支配する欧州へと前進することだ」と表明した。広範な分野で強い欧州の実現を目指しているが、かつてNATOを「脳死状態」と批判したマクロン氏は、NATO内で欧州の存在感を強めるため、欧州の軍事費を増大する必要を特に強調している。
ウクライナ情勢との絡みで一層明白になったのは、ドイツの軍事忌避傾向の強さだ。欧州一の経済大国ドイツが、ウクライナへの武器提供を拒否し、防衛用ヘルメット5000個を送る決定をした事実が全てを物語っている。エジプトなどナチス・ドイツの侵攻先と無関係の国々には武器輸出をしているドイツの二面性への疑問を表明する向きも多い。対ロ経済制裁の一環として、ロシアの天然ガスをバルト海の海底を通して欧州へ運ぶパイプライン「ノルドストリーム2」の運用停止を求めたバイデン米大統領の要請を、ショルツ独首相は不承不承受け入れた。マクロン氏の欧州主権強化構想にもドイツは消極的で、戦後の米国主導体制に対してフランスの栄光を唱えたドゴール仏大統領の「ゴーリズム」の復活ではないかとの警戒論もドイツに存在する。
欧州では伝統的に英独仏3国が主役を演じてきたが、メルケル前独首相の時代に良好だった独仏関係は影が薄くなり、英国は欧州の強化に反対しないものの、伝統的に米国との「特別な関係」を重視してきた立場がある。さらに、EUから離脱して関心をアジアに振り向け始めた英国には、欧州をまとめる役は演じにくい。
トランプ氏復活の悪夢
バイデン大統領がトランプ前大統領に比べて欧州に積極的にコミットしているのは、ウクライナ周辺でのロシア軍の大規模な集結という非常事態に対応する当然の行動であると同時に、台湾に手を出すかもしれない中国へのシグナルでもある。その米国では、2024年の大統領選挙でトランプ氏の復活があり得るとの見方が少なくない。トランプ氏の欧州観がいかに冷たいものだったかは、欧州がよく知っている。
戦後、米国が中心になって世界に築き上げた防衛体制は崩壊するのか。日本はアジアにおけるドイツになるのか。関係者は熟考してほしい。(2022.02.21国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)