岸田人事を“強行”
発足まもない岸田文雄政権が迷走を続けている。支離滅裂、意図不明、あるいは言行不一致……永田町では今、さまざまな言葉が飛び交っている。それは「岸田首相は、どこまで国民の反応がわかった上でやっているのか」という根本的疑問に尽きるだろう。
2021年11月11日、読売新聞朝刊に〈首相「林外相」押し通す 自派閥登用 閣内バランス 安倍氏・麻生氏が難色〉との記事が掲載された。日中友好議連会長の林芳正氏を外務大臣に起用する際のエピソードである。
〈首相は茂木氏が幹事長に就任した翌日の5日夕には、さっそく安倍、麻生両氏に電話で林氏の起用案を伝え、理解を求めた。ただ2人とも林氏が2017年12月から日中友好議員連盟の会長を務めていることなどを問題視し、「対中関係で国際社会に間違ったメッセージを与えかねない」と慎重な意見だった〉
ここには重要な事柄が示されている。人事の了承を求められた二人の元首相が、共に「難色」を示し、それにもかかわらず首相はその人事を「強行した」ということである。
「聞く力」を売り物にしている岸田氏がなぜ元首相の言うことに耳を傾けないのか。安倍派は総勢93人、麻生派は49人で、自民党最大派閥と2番目の派閥だ。両派で自民議員のほぼ4割を占める大勢力である。そこにわざわざお伺いを立てた上で、反故にする意味はなにか。
それは「もう、あんたらの言うことは聞かないよ」という、いわば“独立宣言”ともとれるものである。
安倍政権から菅政権にかけて、主流派として君臨したのは安倍、麻生、二階の3派だ。岸田氏や林氏のいる宏池会や、茂木敏充幹事長の平成研は、5年余の史上最長幹事長となっていた二階氏の下で非主流に甘んじた。
政治部デスクによれば、
「河井案里が当選した2019年の参議院選広島選挙区が象徴的です。党からの資金は落選した溝手顕正・元防災担当相は1500万円、片や河井陣営には10倍の1億5000万円だったんですよ。ほかにも宏池会の候補者は各地で狙い打ちされ、公認で冷遇され、悲惨な目に遭いました。宏池会は数を減らし、代わって二階派がどんどん伸びていったわけです」
中国にとって極めて都合のいい人物
閣僚ポストだけでなく、候補者の擁立段階でも宏池会は不遇をかこったのだ。だが8月26日、岸田氏は総裁選出馬会見で「総裁を除く党役員は一期一年、連続三期まで」との方針を明らかにし、二階幹事長と全面戦争に。二階派は岸田氏を除く3候補にそれぞれ推薦人を送り込み、対決色を鮮明にした。
結果は岸田氏の勝利で総理就任。二階派は幹事長どころか、党四役のポストを得ることもできなかったのである。組閣でも、環境相や新設の経済安全保障担当相のポストを得たものの、いずれも岸田―甘利体制に近い議員の“一本釣り”にほかならなかった。
「今回の外相人事は、旧主流派に対する意趣返しともいえるものです。外相には、同じ宏池会の小野寺五典氏の名前など複数の候補が挙がりましたが、岸田氏は無視。
林氏の過去の発言を見るとわかるように中国の一帯一路を評価し、いつも中国共産党礼讃のスピーチをする一方で、ウイグルや香港など国際社会の大問題には全く言及しない。
中国にとって極めて都合のいい人物なのです。地元山口では、中国との関連で太陽光発電を展開しているのが林系企業で、六年前に違法献金問題でクローズアップされた会社が取り沙汰されている。
地元メディアも注目しており、さまざまな意味で内閣のアキレス腱になる可能性があります」
(先の政治部デスク)
10万円給付問題も、「年収960万円未満」の18歳以下の子供で決着し、「不公平だ」「本当に困窮している人に手を差し伸べる気はあるのか」と、世論調査では、ほぼ7割の国民が「不適切だ」と回答している。
総裁選中の岸田氏の公約の目玉だった「所得倍増」はいつの間にか雲散し、財務省の思惑どおりの少額の支援策となっている。当初から予想された財務省べったりの政権であることが浮き彫りになった。
懸念は岸田政権で2022年の「日中国交正常化50年」を迎えるということである。わざわざ親中の茂木幹事長を据え、外相に日中友好議連会長を起用した岸田氏。1972年田中角栄首相、大平正芳外相の訪中から半世紀の記念すべき年に、田中派と宏池会の後輩である執行部は一体、何をするのだろうか。
今、永田町で囁かれているのは「習近平国賓来日」への懸念である。天安門事件で国際社会から制裁を受けていた中国が、宮澤喜一政権による「天皇訪中」で、中国が無事、国際社会に復帰を果たした歴史を思い出す。
同じ宏池会の岸田政権によって、ウイグルや香港の人々が流す血と涙が捨て去られることだけは、絶対に許してはならない。
(初出:月刊『Hanada』2022年1月号)