中国の不満が綴られた「14項目の通達」
2020年11月、在豪中国大使館は、中国外務省からの抗議の手紙を豪政府に手渡した。
「14項目の通達」と題した文章には、豪政府が「反中国研究を支えないこと」「香港問題にかかわらないこと」「コロナウイルスの起源に関して世界保健機関(WHO)に圧力をかけないこと」「ファーウェイの認証禁止を取りやめること」「国連の場で豪政府の南シナ海に関する声明を取り下げること」など、中国側からの不満14項目が綴られていた。
この「14項目の通達」は政府だけではなく、大手マスコミにも手渡され、オーストラリア中で大きな話題となった。国家の主権を蔑ろにし、かつての植民地時代を思い起こさせる内容だったからだ。
それまで豪政府は、経済パートナーでもある中国の機嫌を損ねないよう、米中関係をめぐって綱渡りをしていた。しかし、中国はその煮えきらぬ態度に業を煮やし、その綱をぶった切ってしまった。豪政府は中国に「アメリカと中国、どちらにつくのかはっきりしろ」と迫られたわけだ。
その答えが、同年11月の日豪首脳会談だった。菅総理とモリソン豪首相は「日豪円滑化協定」に合意、西側諸国につくことを中国にアピールした。
モリソン首相は新たな同盟を作るため、UKUSA協定に目を向けた。UKUSA協定は「ファイブ・アイズ」とも呼ばれ、英語圏の五カ国(米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)の情報交換をめぐる協定だ。
ファイブ・アイズは情報提供だけの協定だが、オーストラリアはそれを軍事協定に発展できないかと考えた。ところが、実はすでに似たような協定が存在していたことを知る。米英間で結ばれている原子力潜水艦の技術交換協定である。
オーストラリアもその協定に入れば、潜水艦だけではなく、ミサイル、人工知能(AI)、量子コンピューティングなどの最新の軍事技術を得ることができる。
米英は、オーストラリアの提案を了承した。バイデンが公約に掲げていた「新たな中国に関する外交」を形にできるし、ジョンソン首相も自らが提案した国家戦略「グローバル・ブリテン」にうってつけだったからだ。
三カ国協定は、わずか数カ月間で締結され、この9月にAUKUS発足が発表された。
協定には、オーストラリアが原子力潜水艦を保有できる条項が盛り込まれ、オーストラリアは米国の原子力潜水艦八隻を購入することになっている。
仏政府の怒り
しかし、オーストラリアが原子力潜水艦を持つことに異議を唱えた国が中国以外に2つあった。1つは、隣国のニュージーランドだ。ニュージーランドは、先進国のなかで原子炉を保有しない数少ない国。
非核政策を堅持しており、原子力エネルギーの利用を禁止している。そのため、オーストラリアの原子力潜水艦がニュージーランド領海内を通航するのは許可できないのである。
異議を唱えた2つめの国はフランスだ。実は前の豪労働党政権は、フランスからアタック級潜水艦を12隻購入することを決めていたが、AUKUSによりフランスとの合意を破棄することになった。怒ったフランス政府は、在米、在豪両フランス大使を召還、米政府に「NATO同盟国である米国に後ろから刺された」と抗議した。
アメリカとオーストラリアの大使を召還したのは歴史上初めてのことで、その怒りの強さが窺える。また、仏外相も「米仏関係は信頼の危機にある」と発表した。バイデンは仏政府の怒りを鎮めるため、10月5日、ブリンケン国務長官をパリに送り込んだ。しかし、仏外相は「両国の関係に信頼が戻るまでに時間が掛かる」と発表、仏政府の怒りは収まらないようだ。
AUKUSでオーストラリアは、米・ロ・中・英・仏・印に続く7番目の原潜保有国になるとみられている。オーストラリアが国際社会に核保有国として認められるかどうか、これからの課題になる。
オーストラリアの原子力潜水艦が実際に完成するのは2040年。言い換えれば、その間、日本もインドも協定に入るための時間が与えられているということだ。中国も今後、AUKUSを念頭に外交を展開するだろう。20年後、オーストラリアの原子力潜水艦はどこの海に潜っているだろうか。
AUKUSの目的は正しいだろうが、それによってアメリカのアフガニスタン撤退同様、新たなカオスを生んでしまったのかもしれない。