なぜ中国を脅威と言わないのか|太田文雄

なぜ中国を脅威と言わないのか|太田文雄

令和3年の防衛白書は中国について「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念」としているが、北朝鮮に関しては「わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」とした。なぜ中国を北朝鮮と同様に「脅威」としないのか。


7月13日に令和3年の防衛白書が公表された。白書は中国について「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念」としているが、北朝鮮に関しては「わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」とした。なぜ中国を北朝鮮と同様に「脅威」としないのか。

同盟国との共通戦略計画に障害

脅威は軍事攻撃の能力と意図で構成されるが、北朝鮮は日本に弾道ミサイル攻撃を加える能力があるだけでなく、日本を「火の海」にすると主張して攻撃の意図を示しているので、明確に脅威と認定し得る。

中国はどうか。わが国に到達するミサイルの保有数だけを見ても、北朝鮮の数百発に対し中国は数千発であり、中国は北朝鮮に比べ約10倍の攻撃能力を持つ。しかし、日中両国は2018年の首相会談で両国関係を「競争から協調」へ転換し、互いに脅威にならないことを確認しているので、中国に攻撃の意図はない、と政府関係者は説明する。

しかし、この説明はおかしい。中国はわが国固有の領土である尖閣諸島周辺に連日侵入しているほか、台湾有事を想定して中国西部の砂漠地帯に沖縄県の嘉手納基地や神奈川県の横須賀基地と同寸大の目標を作成してミサイル攻撃の訓練を行っている。わが国に対する領土奪取と軍事攻撃の意図は明白ではないか。

百歩譲って現在の中国指導部に日本攻撃の意図があると断定できないとしても、中国のような全体主義国家では、独裁者の意図は一夜にして変わる。

米国はバイデン政権下の暫定国家安全保障戦略指針で中国を「国際システムに持続的に挑戦する力を持ち得る唯一の競争相手」と認定し、事実上の脅威として扱っている。同盟関係では、脅威認識が同じでなければ共通の戦略や作戦計画が公的に立てられず、それに基づいて行われる共同訓練にも齟齬(そご)を生じてしまう。

省庁間折衝で変更の可能性

防衛白書作成には2佐クラスの陸海空自衛官が配される。筆者も現役自衛官時代、その作成に加わったことがあるが、閣議了承の数カ月前から他省庁に原案を配布して調整を行うのである。

今回の白書公表直後に幕僚長経験者を含む陸海空将と意見交換を行ったが、中国を「脅威」とすべきであるとの意見で全員が一致した。それから推測すると、防衛省原案では中国を脅威としていたものの、中国と波風を立てたくない外務省がこれを「懸念」とするように横やりを入れたのではないかと、勘繰りたくなる。

また、防衛白書では「環境問題への対応」という一節が新たに立てられ、防衛省・自衛隊も環境問題に取り組むことがうたわれた。バイデン政権が環境問題に力を入れていることなどを踏まえて、省庁間調整で環境省の主張が取り入れられた可能性がある。防衛予算が環境対策に回され、戦力低下をもたすようにならないか心配である。(2021.07.19国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

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