メディア関係者も千人計画の有力な候補者
北京市大地法律事務所が訳したという中国の公文書がある。日本貿易振興機構(JETRO)が、同事務所の許可を得てインターネット上に掲載した資料だ。2017年3月28日付で、国家外交専門家局、人力資源社会保障部、外交部、公安部の四つの部門による共同発行の形をとり、「外国人訪中就労許可制度全面実施に関する通知」との表題だ。指導思想の項目に、こう書いてある。
「習近平党総書記の重要講話を徹底し、技術革新、協調、緑色、開放、共有という発展の理念を強固に樹立し、『世界中の英才を集めて起用する』という戦略的な思想を実践し、人材優先の発展戦略と就業優先戦略を着実に実施し、『ハイレベル人材の訪中を奨励し、一般人材は制御し、低レベル人材は制限する』という原則を守り(以下、省略)」
低レベル人材は制限するという表現は、いかにも共産党独裁政権らしい差別的で階級意識の表れた物言いではないか。
他の部分で目を引くのが、メディア関係者も対象になっていることだ。これは、中国の政治的なプロパガンダを忠実に実行し得る影響力を持った人材を欲しているとみられる。人権弾圧が国際社会から批判されている香港やチベット、ウイグル問題などで、中国政府を積極的に擁護するような発言をしている人物も千人計画の有力候補だろう。
歯止めのない頭脳流出
米中両国が知的財産の流出をめぐって激しいつばぜり合いを繰り広げるなか、日本政府も遅ればせながら動き出した。先端技術の海外流出防止のため、米国を参考に指針を設ける方向で検討を始めたのだ。科学技術振興機構(JST)など、政府系機関から資金支援する研究室のすべてについて、海外からの資金の情報開示を求める方針という(2020年6月24日付日経新聞)。
国会でも動きが出始めた。自民党の有村治子参院議員が6月2日の参院財政金融委員会で、千人計画について、日本政府がどこまで実態を把握しているのかを質した。政府委員は、日本には何も規定もなく、千人計画と日本人研究者とのつながりは把握していないと答弁した。
有村氏は、「日本の技術や教育資源によって培われた最先端技術を持つ研究者が、研究技術を軍事転用することを是認し、他国の国家戦略の中枢に担がれ、日本の安全を脅かしたり、防衛力が不当にそがれるようなことがあれば、日本の力が一気に落ちる」などと述べ、政府の無為無策を厳しく批判している。
歯止めのない頭脳流出は国益を損ねるが、自分の能力を十分に発揮できず、自らの能力に見合った報酬を得られないことに不満を持つ日本人技術者は少なくないのも事実だ。国も会社も自分の価値を認めてくれないとなれば、自分を高く評価してくれる国家、外国企業に身を委ねようと考えてもおかしくない。
軍事転用可能な先端技術の流出を食い止めるため、日本政府には日本人研究者への重点的な資金援助など優秀な人材へのきめ細かな支援の実施が求められる。同時に、米国と同様、国から補助金などを得ている研究者には、海外から資金提供があった場合は国への報告を義務付けるなど、法の整備を急ぐとともに、野放し状態で中国などの草刈り場となっている現状を把握し、頭脳流出の歯止め策を講じる必要がある。(初出:月刊『Hanada』2020年9月号)
産経新聞論説副委員長。1964年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。産経新聞・元ワシントン支局長。大学卒業後、産経新聞に入社。事件記者として、警視庁で企業犯罪、官庁汚職、組織暴力などの事件を担当。その後、政治記者となり、首相官邸、自民党、野党、外務省の各記者クラブでのキャップ(責任者)を経て、政治部次長に。この間、米紙「USA TODAY」の国際部に出向。2010年、ワシントン支局長に就任。論説委員、九州総局長兼山口支局長を経て、論説副委員長。主な著書に『日本復喝!』『日本が消える日』『静かなる日本侵略』(いずれもハート出版)などがある。