「全家腐」から見た中国的道徳心の異質性(下)|石平

「全家腐」から見た中国的道徳心の異質性(下)|石平

中国共産党幹部は大半が幹部本人だけでなく一家全員がグルとなって腐敗に励む(全家腐)。一体なぜなのか?それを理解する一つのカギが、中国古来の「宗族」という家族制度にある。「宗族中心主義」を知らずして中国はわからない。


こうしてみると中国の宗族は、実質上、一つの小さな「国家」なのである。近代以前の中国において、広大な農村地域で林立しているのは、まさに大小の宗族であって、幾千幾万の「ミニ国家」である宗族がこの国の形を作っていた。  

問題は、なぜ人々が宗族という「ミニ国家」を作って生活しなければならないのかであるが、その答えは簡単だ。要するに、中国全体を統治する皇帝と朝廷は天下万民のために何もしてくれない、ということである。だからこそ、人々は宗族という血縁集団を作って、自分たちの手で秩序を保ち、一族の安全を守り、一族のなかの弱者を救済し、子供たちの教育を行ったりしたのである。  

昔の中国人にとっては、朝廷も皇帝も国家も遠くにある意味のない存在であって、社会生活のすべてが宗族頼りだった。そこから生まれてくる中国人の社会意識は、すなわち「宗族中心主義」。「国家」の意識もなければ「公」の意識もなく、人々の忠誠心や愛着心や帰属意識は全部、自らの所属する宗族に注がれるのである。  

そして、こうした「宗族中心主義」はいつの間にか「宗族のエゴ」となって異常に肥大化した。普通の中国人たちは自分たちの「宗族」を中心にして価値判断を行い、宗族のためには公の利益や国家の利益を損なっても構わないと考えるようになり、挙げ句の果てには、一族のために公の利益や国家の利益を損なうことは、むしろ宗族にとっての「善」であり、「美徳」であるという、一種の倒錯した価値観が中国社会で定着したのだ。

腐敗は悪事ではなく最高の善行であり美徳

そのなかでは、官僚の汚職・腐敗も一種の文化として定着した。中国社会で出世し権力を手に入れた官僚たちにも当然、自らの所属する宗族がある。したがって、彼らにとっては権力を利用して蓄財し自分たちの宗族を潤すのはむしろ当然の義務であって、進んで行うべき「善行」そのものなのである。こうして社会的悪であるはずの腐敗汚職は、宗族の人々にとって最高の「善」、大いに褒めるべき立派な行為となった。  

現代中国の「全家腐」も、まさにこのような宗族中心の倒錯した道徳観念に由来する。現在の中国では都市化が進むなかで伝統の宗族社会が徐々に消えつつあるが、核心的価値観である「一族中心主義」は依然として根強く生き残っている。だから腐敗幹部一家からすれば、幹部本人の権力を利用して「全家腐」に走ることは悪事でもなんでもない。むしろそれはその一家にとっての最高の「善行」であって誇るべき行為なのだ。摘発さえされなければ「全家腐」の一体どこが悪いのか、と彼らは心底思っている。  

もちろん、庶民たちは一概に、「全家腐」に対して大いなる不満や憤慨を持っている。しかしそれは単に、自分たちは腐敗したくてもできない時に限る。普通の庶民でも高尚な知識人でも、一旦何らかの権限を手に入れて腐敗できる立場になれば、一家総出で「全家腐」に飛びつく。家族のため一族のために社会や公や国家から何かを収奪することは、偉大なる中国人民にとっての最高の「美徳」だからである。

中国の電撃侵略 2021-2024

石平

https://hanada-plus.jp/articles/195

評論家。1962年、四川省生まれ。北京大学哲学部を卒業後、四川大学哲学部講師を経て、88年に来日。95年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。2002年『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)刊行以来、日中・中国問題を中心とした評論活動に入る。07年に日本国籍を取得。08年拓殖大学客員教授に就任。14年『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。著書に『韓民族こそ歴史の加害者である』(飛鳥新社)など多数。

関連する投稿


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取る戦いを行っている南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


最新の投稿


報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】

報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「単なるデタラメと違うのは、多くの人にとって重大な関心事が実際に起きており、その原因について、一見もっともらしい『説得力』のある説明がされることである」――あの偉人たちもはまってしまった危険な誘惑の世界。その原型をたどると……。


埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】

埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】

【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは  謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは 謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!