【読書亡羊】外交はメッセージが9割  大久保泉『知られざるアメリカ外交儀礼』(角川新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】外交はメッセージが9割 大久保泉『知られざるアメリカ外交儀礼』(角川新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


国務省の公式夕食会では、相手国の料理をそのまま出すことはほぼない。公式の食卓は外交の一部であり、ホスト国の食文化を示す場でもあるからだ。ただし、歓迎を形にするには、来訪国への一礼も必要になる。そのため、料理の骨格はアメリカに置きながら、相手国を想起させる食材や風味を部分的に織り込む。

料理外交という言葉があるほどで、出す食事にもメッセージがこもるのだから、言うまでもなく国のトップが会議に出るか出ないかなどの振る舞いは、より明確なメッセージとなるだろう。

本書では27案も作成した「絶対に間違えられない席次表づくり」や、「外交メッセージを込めるためにシーズンが過ぎているハナミズキを探すため花屋に連絡を入れまくる」といった奮闘ぶりが余すところなく綴られている。そこまでこだわるのも、やはり外交はメッセージであり演出が必要だからだ。

特に席次表づくりは、時に、要人が「なぜ私がこの席なのか、私の立場や経歴を軽視しているのではないか」と怒りを覚えて退席することすらあるというから、神経を使う。

会食の際に「誰が上座に座るべきか」にこだわる日本の習慣は、和室の減少とともに徐々に薄れてきているが、少なくとも外交の場では席次をどう組むかは死活問題になり得るようだ。

トランプin両国国技館

本書では様々なパターンや既定の順序が紹介されているが、大事なのは「なぜその席次なのかを説明できること」だという。

また、外交の現場はやはり「舞台」。自国のリーダーをどう演出するか、どう見せるかも重要な要素になる。ふらついたり、どこに座るのかときょろきょろするようなことがあれば、そのリーダーシップそのものが疑われかねない。

そのために、舞台そのものの空間を設計する儀典官は、広報担当と連携し「メディアを通じた姿が、国民や世界の目にどう映るか」までに気を配るのだ。

アメリカ国務省で儀典官を務める大久保氏だが、その職から離れていた時期もある。その間に担ったのは、2019年、令和初の国賓として訪日するトランプ夫妻をアシストするための先遣隊としての任務だった。

〈まるで映画『ミッション:インポッシブル』の指令のよう〉な手順で、日本にいる大久保氏にホワイトハウスの大統領先遣室からショートメッセージで連絡が入り、詳細が明かされないまま「参加できる」と返答すると、渡航にかかる費用などが送金されてくるという。

この時のトランプ大統領の訪日では、安倍総理がこれ以上ないもてなしを行い、トランプ夫妻は国技館で相撲を観戦、「大統領杯」の授与まで行った。夫妻の相撲観戦のためにマス席に特設の椅子を設置。靴で上がってはいけない土俵の上で履くため、外務省はトランプ用の特大黒革製スリッパをアメリカから取り寄せたという。

トランプ大統領が国技館で安倍総理に促されて櫻井よしこ氏、金美齢氏、門田隆将氏の座っていた席まで近づいて握手を交わしたシーンは多くの人の記憶に残っていると思うが、360度、ぐるりと人に囲まれている国技館で、こうしたイレギュラーな動きをするのが本来、いかに難しいかも本書からはわかる。

シークレットサービスは心臓が縮む思いだったのではないだろうか。

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書評 読書亡羊 梶原麻衣子

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