ブチャその他で起きた犯罪には鳥肌が立つ。だが、あれやこれやの犯罪の実行犯たちは――そして彼らの指揮官たちと、そのまた指揮官たちは――はたして責任を追及されることがあるのだろうか? 以前なら、その答えはノーだっただろう。しかしこの数十年、世界的な正義の裁きの可能性はすっかり様変わりしてきた。
なぜか。その答えが、国際法廷の設置であり、ICCの設立だ。ジェノサイドや虐殺に及ぶ指導者に対して、法の秩序に基づいて〈正義の裁きが実現される可能性は、多くの面で高まった〉ためだ。
自ら出向いて行って対象を逮捕・拘束する実行力を持たないICCについて「無力だ」とする評価もあるようだが、実はそうでもない。
ICC締結国に逮捕状が出ている人間が訪れた場合、その国は対象を拘束する義務を追う。もちろん実際には難しく、締結国(地域)であるモンゴルはプーチン来訪時に逮捕することはできなかった。
だが本書にもある通り、〈ロシア指導者の旅行計画は……著しく制約されることになった〉。締約国の南アフリカでの会議においては、プーチンは南アに渡ることなく、ビデオ参加することになったのである。
コワモテ・マウントスタイルを取るプーチンとしては「逮捕を恐れて現地に行かない」姿勢を見せるだけでも屈辱だろう。
当然、本人は開き直ってなんでもない風を装うだろうが、権力者は権力を失い、自らが裁かれるポジションに置かれることを何よりも恐れる。
「ネタニヤフに逮捕状」の皮肉
本書では、ICC設立に尽力した多くの人々に加え、後に戦争犯罪を問われ法廷に立たされることになるミロシェヴィチ元ユーゴスラビア大統領への取材の模様も登場する。
1992年、スコッチのオンザロックを楽しむ余裕綽々の態度で〈(ユーゴスラビア紛争で)セルビア軍とボスニアのセルビア人勢力が様々な戦争犯罪を犯したにもかかわらず、ミロシェヴィチは自分が責任を問われることはないと、本気で信じていたのではないか〉とクロウショー氏は感じたという。
だが、その後ミロシェヴィチは拘束され、国際連合が設置した旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で起訴された。ICC設立前のことであり、この戦犯法廷には課題も残る結果となったが、しかし「ジェノサイドなど人道に対する罪に反すれば指導者が裁かれる」という経験は大きな一歩だった。
ICC設立の理論的支柱となったのは、いずれもポーランド系ユダヤ人であるラファエル・レムキンとハーシュ・ローターパクトだ。それぞれ〝ジェノサイド〟という用語と概念を作り出し、民間人への組織的攻撃を「人道に対する罪」と位置付けた。
両者ともにホロコーストで家族を失った経験を持つというが、その二人の理念が込められたICCがネタニヤフ首相に逮捕状を出すことになるとは、何とも皮肉という他ない。


