霊界通信機のその後
一部には、エジソンは霊や霊界を信じていたのではなく、その存否を検証しようとしただけだという説もある。しかしこれは妥当な説とはいえないだろう。エジソンの通信機が霊と交信できなくても霊の不在を証明することはできないし、何かと通信ができたとしても、その相手が死者の霊かどうかを証明することは別問題だからである。やみくもに実験や試行を繰り返しても、なんの検証にはならないことは、技術者であるエジソンなら当然知っていたはずだ。やはり、もっと強い動機がエジソンを霊界の探求に突き動かしたように思えてならない。それは、死によって離別した親しい人物との再会を望む願望であったかもしれない。 ただその願望の実現には明るい見通しなどなかった。
もっとも、占星術から天文学が、錬金術から化学や物理学が発展してきたように、霊界通信機の研究を続けていれば、人類にとって有益な副産物が生まれていた可能性は否定できない。
しかし、霊界通信機の設計図も試作品も残さないまま、エジソンは1931年10月18日、84歳で静かに息を引き取った。
その後、エジソンの伝記が多く出版されたが、霊界通信機に触れた伝記はごくわずかで、エジソンの輝かしい生涯のなかの黒い染みとして、人々の口に上ることはなくなった。
偉人たちの探求と現代の課題
コナン・ドイルが霊と霊界の存在を信じ、トーマス・エジソンが霊界通信機という「科学的な試み」に晩年を捧げたように、偉人たちもまた、未知なる世界との交信を夢見た。彼らの探求は、現代のAIによるフェイク画像という、かつてない情報汚染の問題と不思議な呼応を見せる。ドイルは「妖精の実在」によって物質文明への警鐘を鳴らそうとし、エジソンは「科学」でオカルトを解明しようとした。しかし、どちらの試みを達成されることはなかった。
彼らの探求は、人間が持つ根源的な希望や不安の産物であった。私たちは、ドイルやエジソンの試行錯誤を、「馬鹿げている」などと笑うことはできない。生成AIの時代を迎え、真実と虚偽の境界線が曖昧になる今、ドイルやエジソンが直面したように、「何を信じ、何を否定するか」という、人間としての最も重要な判断力を常に問われているからである。
【参考文献】
・コナン・ドイル『妖精の出現: コティングリー妖精事件』(井村 君江・訳 あんず堂 1998年)
・コナン・ドイル『コナン・ドイルの心霊学』(近藤千雄・訳 新潮選書 1992年)
・マーティン・ガードナー『インチキ科学の解読法』(太田次郎・監訳 光文社 2004年)
・原田実『オカルト「超」入門』(星界社新書 2011年)
・『Thomas Edison, B.C. Forbes And The Mystery Of The Spirit Phone』 By Kristin Tablang
https://www.forbes.com/sites/kristintablang/2019/10/25/thomas-edison-bc-forbes-mystery-spirit-phone/


