【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか  千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか 千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「抑止力」とは何か

例えば「抑止」という言葉。2010年に時の総理である鳩山由紀夫氏が「学べば学ぶほど、(沖縄の在日米軍基地にいる海兵隊により)抑止力が維持できるとの思いに至った」と発言して「今まで知らなかったのかよ!」と日本社会を戦慄させたことがあった。

2025年現在でも「抑止力名目での軍拡に反対!」と唱える人たちもいる。こうした意見にぶつかると「軍事力を備える以外の抑止力の高め方とは?」となってしまうが、そもそも「抑止」とは何なのか、説明できるだろうか。

本書では「脅しをかけてでも相手を止める」ことと説明されている。なるほどねと思うだろうが、ここでさらに説明がつく。抑止で回避できるのは戦争の中でも「機会主義的戦争」だというのだ。

「機会主義的戦争」とは「チャンスがあれば積極的に攻撃を仕掛けようとするもの」。つまり、抑止は虎視眈々と機会をうかがっているような相手には有効だが、そうでない相手もいるということになる。

では、そうでない相手とはどのような立場なのか。「相手に対し、手を出さなければ弱みを抱える自分がやられるという恐怖心を持っている」立場であり、こうして起きるのが「脆弱性による戦争」。すでに「先にやらないとやられてしまう」という恐怖心を抱えている相手を戦争に向かわせないためには、抑止ではなく「安心供与」が必要だと本書は説く。

つまり、戦争が発生するメカニズムには二種類あり、それを止める方法も二つあるということになる。

こうした「世界の力関係」、いわばパワーバランスの観点から国際関係を理解するための知識が備わると、国際情勢の見え方も変わってくる。果たして中国は機会主義なのか、脆弱性ゆえの戦争を企図しているのか。

初めは「強くならなければやられてしまう」との恐怖心から始めた軍備増強が、次第に機会主義の様相を帯びていくこともあるだろう。今の中国はどちらの立場なのか。それによって日本や周辺諸国が取るべき方法も変わっていくのだ。

反省だけでは思考停止に

このように、本書では「勢力均衡」集団安全保障」「核抑止議論」など、知ってるつもりの概念をそもそも論から説明してくれる。そのため、「違う理解をしていたが、そういう意味だったのか!」と新たな発見を得ることもあるだろう。

特に第七章の「戦争はどう終わるのか」は注目である。千々和氏の専門である「戦争終結論」の研究は、日本は手薄だったというのだ。

日本では戦争終結というテーマではほとんど研究が行われてきませんでした。戦争終結を研究する? 戦争を始める気なのか! という誤解があったのかもしれません。

関連するキーワード


読書亡羊 書評 梶原麻衣子

関連する投稿


【読書亡羊】「台湾系移住民」が経験した古くて新しい問題  三尾裕子『心の中の台湾を手作りする』(慶応義塾大学三田哲学会叢書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「台湾系移住民」が経験した古くて新しい問題 三尾裕子『心の中の台湾を手作りする』(慶応義塾大学三田哲学会叢書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】米国防次官が「クマよりドラゴンを警戒せよ」という理由  村野将『米中戦争を阻止せよ』(PHP新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】米国防次官が「クマよりドラゴンを警戒せよ」という理由 村野将『米中戦争を阻止せよ』(PHP新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か  ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ!  長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ! 長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め!  山口航『日米首脳会談』(中公新書)

【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め! 山口航『日米首脳会談』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか  千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか 千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


8647―「トランプ暗殺指令」が示したアメリカの病理|石井陽子

8647―「トランプ暗殺指令」が示したアメリカの病理|石井陽子

それはただの遊び心か、それとも深く暗い意図のある“サイン”か――。FBIを率いた男がSNSに投稿した一枚の写真は、アメリカ社会の問題をも孕んだものだった。


【今週のサンモニ】非正規移民に対する認識のズレ|藤原かずえ

【今週のサンモニ】非正規移民に対する認識のズレ|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【今週のサンモニ】日本の農業の大きな闇|藤原かずえ

【今週のサンモニ】日本の農業の大きな闇|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。