ロシア連邦の支配下にある諸民族の独立、すなわち「ロシアの脱植民地化」については日本ではまだほとんど語られていない。日本の言論空間では、まず現在の戦争がとにかく終われば良いという「平和主義」が主流だろう。最大の関心事は「停戦」だ。少し進んだ議論としては、プーチン体制、独裁体制を終わらせて、ロシアが民主的で平和的な国家に生まれ変わるべきだという、ロシアの反体制派の紹介だ。例えば、毒殺未遂事件があり、さらには刑務所で急死したアレクセイ・ナワリヌイに関する報道などがそれに当たる。だが、ヨーロッパでは一段進んだ議論が始まっているのだ。カール・フォン・ハプスブルクは演説の中で次のように語っている。
“人々はよく「もう一つのロシア(民主的で平和的なロシア)を支援しなければならない」と言います。確かにそうです。しかし同時に、我々はそれをロシア国内に見いだすことがもはやできないという現実にも、正直に向き合わなければなりません。”
カール・フォン・ハプスブルクのような立場のある著名人が、公の場でロシア連邦の解体、諸民族の独立支援を呼びかけたことのインパクトは非常に大きい。この議論はこれから加速度的に広まっていくだろう。日本も様々な安全保障政策のシナリオについて比較検討しておかなければ、ひとたび何かが起こった時には議論から全く置いていかれることになってしまう。日本でも「ロシアの脱植民地化」について議論をはじめるべき時が来た、と筆者は考えている。
ロシア政府から「テロリスト」として指定
本稿の最初にも登場したオレグ・マガレツキーについて述べておきたい。実は先月(4月)、ロシア政府当局(ロシア連邦金融監視局)がマガレツキーを、「過激派およびテロリスト」のリストに公式に載せたのだ。同局の公式サイトで確認できる。マガレツキーが創設者である「ロシア後の自由な民族フォーラム」は、2022年5月8日に第1回フォーラムを開催し、翌2023年3月17日にロシア政府によって「望ましくない団体」に指定された。さらに昨年11月22日にはロシア最高裁が同フォーラムを「テロ組織」に指定しているが、いずれも「団体」としてのものだった。今回は、マガレツキー個人が「テロリスト」として指定されたもので、私自身も大きなショックを受けた。このことについて、在日ウクライナ人国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏は次のように筆者に述べた。
〝ロシアがテロリストとして指定した人物を外国(ロシア国外)で殺したケースはたくさんあり、その暗殺者はロシアに戻ってから礼賛されています。その傾向から考えると、ロシアでの法律がどうであるかの厳密な確認は出来ませんが、「テロリストに指定された人は暗殺対象で、暗殺者はロシアで罪が問われない」というのは間違いないと思います。〟
マガレツキーはもちろん「テロリスト」ではない。「ロシア後の自由な民族フォーラム」もテロ組織ではない。当たり前だが、何の武装もしていない。フォーラム創設から過去3年間において、世界各国でこれまで15回のフォーラムを開催してきただけだ。そこで語られている内容がいかにロシアにとって都合が悪いものだとしても、純然たる言論活動でしかない。それを「テロ」と呼ぶのはあまりにも無理筋な話だ。だが、現にテロリストに指定されたことにより、危険性は発生している。それについて、マガレツキーは私に次のように話してくれた。
"この「テロリスト」としての認定という正式な決定は、実際には何も変わりません。私はすでに2014年(特に2022年以降)からロシアの情報機関の「ターゲット」でした。彼らはすでに私の排除を計画していたので、実際、私にとっては何も変化はありません。ロシアはウクライナ(そして自由な世界全体)に対して戦争を仕掛けているので、私は哲学的に捉えています。私たちが彼らを打ち負かすか、彼らが私たちを滅ぼすかです。ですので、私はこれまでのように自分の仕事を続けます。”
ロシアが「テロリスト」として指定して脅迫しようが、実際に排除する実力行使を行おうが、すでに広く始まっている「ロシアの脱植民地化」の議論を止めることはできないだろう。日本の動きに注目したい。

オレグ・マガレツキー氏と筆者(石井英俊)皇居二重橋前にて(2025年4月撮影)

自由インド太平洋連盟副会長。1976年、福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業。経済団体職員などを経て現職。アジアの民族問題を中心に、国内外にネットワークを持つ国際人権活動家。