【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「カネがないから子供が産めない」は本当か

さらに本書は、氷河期世代の経済的な不遇が、少子化につながっているとする「俗説」をも検証する。

少子化の原因として、若者の経済状況の悪さはよく挙げられる。実際、氷河期世代よりも下のポスト氷河期世代や2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災の影響を受けた世代も年収は上がっておらず、そのために少子化対策と言えば金銭面での支援(給付金、教育無償化、子育てクーポンその他)が中心になっているのだろう。子供を持つことによる金銭的なリスクをカバーすることで子供を産みやすくしようという施策が中心なのだ。

だが本書によると、出生数は実は氷河期世代の中期に当たる1980年前後に生まれた女性は、その前の世代よりも産む子供の数が多い。さらに若年層の雇用状況が改善されていた時期であっても、1990年生まれはそれより前の世代よりも出生数が少ないというのだ。

となると、出生数の低下は必ずしも「子供を産み育てるカネがない」「教育資金を蓄えられない」ことのみを理由としたものではない、と考えられる。

そもそも出生数そのものは団塊ジュニアが生まれた1970年前半をピークに右肩下がりになっており(前述のとおり1980年前後生まれの女性が出産適齢期の間は少し改善しているが)、このころはまだ景気が良かったわけで、バブルが弾ける前から子供の数は減り始めていたことになる。

衆院選後の国内政治では少子化対策も議題に上がるだろうが、本書も指摘する通り「氷河期世代は賃金が上がらず経済状況がよくないので子供を持てない」とする認識をまずは見直したうえで、対策を打つなら根本から考え直す必要がありそうだ。

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もはや福祉が必要な領域に

データ分析というと無機質で、一人ひとりのエピソードが見えなくなってしまうように思うが、実際はそうではなく、むしろエピソードに引っ張られすぎて見えなくなってしまう実態を浮かび上がらせる面がある。

本書では、出だしのキャリア形成で躓いた世代はその後も年収増が見込めず、格差は狭まることがない点を指摘している。不遇の再生産のような事態に陥りかねない中で子育てをしている同世代には頭が下がる。

個別の事例に踏み込まないようにしている本書を紹介するうえでは若干、蛇足になるが、氷河期世代は筆者の同級生のように夜逃げを余儀なくされた家庭に育ったものもあれば、進学を諦めたり、早く社会に出たりした同世代もいるだろう。

そうした要因が結果的に、自分たちが働く世代になってからの年収の沈滞に拍車をかけた可能性もある。氷河期世代は、親の資産に頼って暮らす人がいる一方で、バブル崩壊の影響が直撃した世代を親に持つ世代でもあるからだ。

現在、氷河期世代前期の人々は50代半ばを迎える。ニート、無業者、未婚者の割合も増えており、もはやキャリア形成支援どころか、本書が指摘するように福祉が必要な領域に突入しつつある。手遅れの感すらあるが、時間の経過とともに一層取り返しがつかない状況になるのは目に見えているのだから、一刻も早い対応が必要になる。

氷河期世代の抱える困難が一向に手当てされなかっただけでなく、その下のポスト氷河期世代、リーマンショック・震災世代の受難も本書は言及しているが、社会の中核を担う世代が軒並み「受難のうえ救いがない」状況では日本の将来は暗い。

終章に具体的な提言が掲載されているが、本書のようにデータに基づくエビデンスを抑えたうえで、個々のケースに沿った支援を行うことが急務である。

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書評 読書亡羊 梶原麻衣子

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