A氏は、この時点の問題点をこう指摘する。
「右顔面の痙攣は、急性腎不全と取り残した硬膜下血腫が原因と考えられます。増大する血腫を取り除く再手術や、急性腎不全に最も有効な人工透析療法を実施すべきだった。とくに問題なのは、顔面痙攣という部分発作は通常のてんかん薬で十分対処できるのに、肝臓と腎臓の機能を悪化させるプロポフォールを再び継続使用したことです」
9月27日、主治医自身が「あまり効果がない」と家族に説明していた「中硬膜動脈塞栓術」手術を実施した。これは、血管内にコイルを入れて出血を塞ぐ手術だ。効果がないことは、主治医が手術説明書に「適応外使用」と手書きしていることからもうかがえる。
家族によると、「それ以外、出血を止める方法はないと言われたので承諾した」というが、カルテには逆に、家族の強い希望があったため、と書かれている。
「すでに硬膜下ドレーンを入れていて血腫はある程度体外に排出されていたので、中硬膜動脈塞栓術の必要はまったくなかった。この手術では、腎機能障害を悪化させる造影剤を使います。腎機能障害を悪化させてまで、あえて効果が期待できない手術を実施する必要がどこにあったのか」(A氏)
痙攣、劇薬投与、死亡
9月28日以降、山下さんは腎不全でほぼ無尿状態。透析治療をしなかったため心不全を起こし急激に症状が悪化。痙攣対策で29日から鎮静薬の劇薬ミダゾラムを継続投与したところ、30日に突然、徐脈となり死亡した。
薬理学に詳しい金沢大学医学部の小川和宏准教授が語る。
「プロポフォール、ミダゾラムとも中枢神経抑制作用を持ち、鎮静、麻酔などの目的で用いられる。肝臓で代謝されて化学構造が変わるとともに、腎臓で尿中へ排泄されて体内から消失します。しかし肝・腎機能障害のある人や高齢者は代謝と排泄機能が低下し体内に蓄積されやすい傾向がある。蓄積が過量になると毒性が出やすく、重篤な場合は死に至ることがある。ミダゾラムは心不全など心肺機能を悪化させることもあるので慎重な投与が必要。このケースではプロポフォールの継続で腎機能が低下して尿量が減少し心不全の状態になり、痙攣が続いたためにミタゾラムを使用。結果として徐脈から心停止に至りました」
A氏は「透析治療をしないと助からないことを家族にわかるように説明したのか」と疑問を呈したあと、「このケースで最も大きな問題は、ミダゾラムの継続で死期が早まったと考えられること」だという。
「無尿で心不全と肝腎症候群を起こしている患者にミダゾラムを継続使用したら、心停止する虞がある。そのことを主治医はご家族に伝えたうえで使用したのか。ご家族の承諾を得ずに心停止の虞のあるミダゾラムを継続使用したのだとすれば、外形的には、法律で禁じられている安楽死を実施したと受け取られる可能性があります」
第一日赤は、こうした疑問に真摯に答える義務があるはずだが、本誌の取材に「特段の過誤はなかった」と回答した。