【読書亡羊】中国軍人の危険な書、なぜ「台湾統一」の項は削除されたのか  劉明福『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)

【読書亡羊】中国軍人の危険な書、なぜ「台湾統一」の項は削除されたのか 劉明福『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


劉「台湾侵攻いつやるの、今でしょ!」

その点でさらに興味深いのは「台湾統一戦争」をアメリカの南北戦争となぞらえているところだ。

南北戦争を血みどろの内戦を経てアメリカを統一した「米国統一戦争」の文脈から読み取り、内戦を戦い抜いたアメリカの先人たちを称え、学ぶべきだとしている。

最初は皮肉で、「アメリカだってかつて内戦をやったじゃないか」とあてつけるために持ち出しているのかと思ったのだが、よくよく読むとこれまたどうも様子が違う。

劉は〈リンカーンをはじめとする統一派はリスクを背負いながらも意思決定を勇敢に実行し、国家統一のために粉骨砕身するという戦略的気概を持ち合わせていた〉と評価したり、ウィルソン大統領の〈内戦は米国に前代未聞の産物をもたらした。それは『国家観だ』〉という発言を鼻息荒く引用したりしているので、どうやら皮肉やあてつけではないように読める。

では劉は何を言いたいのか。

劉はあくまでも「平和的統一が前提である」と体面を繕い、もたもたしている習近平に不満があるのではないか。

「習近平時代になり、中国は強大な能力を持った」「習近平主席は平和病を克服しろと常日頃、言っている」と引き合いに出してはいる。これは「党や指導者を批判できない思考回路に陥った中国軍人の悲しいサガ」なのかもしれないが、引き合いに出せば出すほど「武力統一を」という本人の意志とのズレが生じてしまう。

むしろ習近平に対し「それだけの力を蓄え意志もあるのに、なぜ台湾を武力統一しないのか」とけしかけているようにさえ読めてしまうのだ。

この第五章が中国語版で丸ごと削除になったのだとすれば、「習近平批判に読めてしまうから」かもしれない。

ルトワックの「予言」を知っているか

本書は劉による中国海軍増強への熱い思いも随所につづられているのだが、ぜひ本書と一緒に読みたい本がある。本誌連載でもおなじみ、エドワード・ルトワック著『「中国4・0」――暴発する中華帝国』(奥山真司訳、文春新書)だ。

劉の本でも「新中国海洋戦略3・0」と言われる習近平時代の海洋戦略を引用し、「中国の夢」の実現のためには海洋を攻略し、海上権益を守らなければならないと熱を込めて語っているが、ルトワックはすでに2016年の時点で「3・0の先にある4・0の段階で中国はうまく行かない事態に陥る」と予測している。

海軍に関して言えば、ルトワックは単独で海軍力を増強する「シーパワー」には限界があるため海洋国家はみな他国と連携する「マリタイムパワー(海洋力)」を重視しているのに対し、中国には後者の視点がないことを指摘している。

確かに劉の本にも後者にあたる「海洋での行動において他国と連携する」視点はまるで出てこない。

またルトワックは「習近平は軍の裏切りを恐れている」と指摘してもいるが、劉が『中国「軍事強国」の夢』で煮え切らない習近平の尻を叩かんばかりに「平和統一の幻想を捨てろ」と端々で本音を漏らしていることを考えると、ルトワックの指摘がぐっと臨場感を増してくる。

そういう意味でも、とても「危険な書」といえるのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

関連する投稿


全米「反イスラエルデモ」の真実―トランプ、動く! 【ほぼトラ通信3】|石井陽子

全米「反イスラエルデモ」の真実―トランプ、動く! 【ほぼトラ通信3】|石井陽子

全米に広がる「反イスラエルデモ」は周到に準備されていた――資金源となった中国在住の実業家やBLM運動との繋がりなど、メディア報道が真実を伝えない中、次期米大統領最有力者のあの男が動いた!


【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか?  ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか? ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】出会い系アプリの利用データが中国の諜報活動を有利にする理由とは  『トラフィッキング・データ――デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞出版)

【読書亡羊】出会い系アプリの利用データが中国の諜報活動を有利にする理由とは 『トラフィッキング・データ――デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】トランプとバイデンの意外な共通点  園田耕司『覇権国家アメリカ「対中強硬」の深淵』(朝日新聞出版)

【読書亡羊】トランプとバイデンの意外な共通点 園田耕司『覇権国家アメリカ「対中強硬」の深淵』(朝日新聞出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「もしトラ」ではなく「トランプ大統領復帰」に備えよ!|和田政宗

「もしトラ」ではなく「トランプ大統領復帰」に備えよ!|和田政宗

トランプ前大統領の〝盟友〟、安倍晋三元総理大臣はもういない。「トランプ大統領復帰」で日本は、東アジアは、ウクライナは、中東は、どうなるのか?


最新の投稿


全米「反イスラエルデモ」の真実―トランプ、動く! 【ほぼトラ通信3】|石井陽子

全米「反イスラエルデモ」の真実―トランプ、動く! 【ほぼトラ通信3】|石井陽子

全米に広がる「反イスラエルデモ」は周到に準備されていた――資金源となった中国在住の実業家やBLM運動との繋がりなど、メディア報道が真実を伝えない中、次期米大統領最有力者のあの男が動いた!


薄っぺらい記事|なべやかん遺産

薄っぺらい記事|なべやかん遺産

芸人にして、日本屈指のコレクターでもある、なべやかん。 そのマニアックなコレクションを紹介する月刊『Hanada』の好評連載「なべやかん遺産」がますますパワーアップして「Hanadaプラス」にお引越し! 今回は「薄っぺらい記事」!


【今週のサンモニ】「報道の自由度」ランキングを使ってミスリード|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「報道の自由度」ランキングを使ってミスリード|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか?  ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか? ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


衆院3補選「3つ勝たれて、3つ失った」自民党の行く末|和田政宗

衆院3補選「3つ勝たれて、3つ失った」自民党の行く末|和田政宗

4月28日に投開票された衆院3補選は、いずれも立憲民主党公認候補が勝利した。自民党は2選挙区で候補者擁立を見送り、立憲との一騎打ちとなった島根1区でも敗れた。今回はこの3補選を分析し、自民党はどのように体勢を立て直すべきかを考えたい。(サムネイルは錦織功政氏Xより)