ミャンマー刑務所の生き地獄|大塚智彦

ミャンマー刑務所の生き地獄|大塚智彦

いま、どんどん明らかになるウイグル人権弾圧の実態。 しかし、ミャンマーでも目を覆いたくなるような人権弾圧が……。


今回、スー・チーさんが刑務所に移送されたことで、ASEANの「面会要求」はますます困難になると判断、ASEAN特使であるカンボジアのプラク・ソコン外相が、急遽ネピドーを訪問。
 
6月3日に、軍政はクーデター後に組織した「国家統治評議会」(SAC)は、死刑判決を受けて収監中の民主派勢力の著名人政治犯2人を含む4人に対する「死刑執行方針」を明らかにし、7月23日に死刑を執行した。
 
今回、死刑が執行されたのは、スー・チーさんが党首だった民主政府与党のNLD元議員のピョーゼヤートー氏と、民主化運動活動家のチョーミンユー(愛称コー・ジミー)氏、さらに国軍へのスパイ行為をしていた女性をヤンゴン近郊で殺害した二人の計4人。
 
いずれも軍政支配下にあり、公正さや公平さが全く欠如している裁判によって死刑判決を受け、インセイン刑務所に収監されていた。
 
ピョーゼヤートー氏とコー・ジミー氏2人は上級裁判所に上訴したが、いずれも却下されて刑が確定していた。
 
4人の死刑執行は、司法制度に基づく死刑としては1990年以来だ。
 
ミャンマーの刑務所には死刑判決を受けた政治犯が約100人いるとされるが、クーデター後に執行されたのは今回の4人が初めてだった。
 
軍政の死刑執行方針表明に対しても、ASEANは議長国カンボジアのフン・セン首相がミン・アウン・フライン国軍司令官に書簡を送り執行中止を求めたが、軍政はその要請を無視して死刑を執行した。
 
この死刑執行で、ミャンマー問題の仲介・調停に当たってきたASEANは態度を硬化させ、11月のカンボジア・プノンペンでの首脳会議にミャンマーは招待されず、ミャンマー抜きのASEANが常態化する事態を招く結果となった。
 
クーデターからすでに2年以上が経過しようとしているが、ミャンマー国内の治安状況は依然として混迷を極めている。
 
各地で軍と武装市民、少数民族武装勢力との戦闘が続き、双方に多くの犠牲者が出ている。こうした抵抗、治安の不安定化は軍政にとって予想外のことで、軍内部には相当の焦燥感が募っているという。こうした焦りが、各地で軍による一般市民への暴力、逮捕、残虐行為、殺害に拍車をかけている。
 
最近、軍は地方の村落で民家や農家を焼き払う「放火作戦」を実行、市民の斬首遺体や集団焼殺遺体が各地で発見されており、放火に伴う一般市民への残虐行為、人権侵害が激しくなっているという。

消耗戦のスパイラル

こうしたなか、軍政は11月17日に政治犯など5800人に恩赦を与えて釈放した。
 
この恩赦では、先述したインセイン刑務所に収容されていた、映像ジャーナリストの久保田徹さん、ビッキー・ボウマン元英国大使、ショーン・ターネル氏も含まれていた。
 
久保田氏は恩赦の翌日18日に、強制退去の形で日本に無事帰国している。
 
1月にも約七千人の恩赦を行ったが政治犯の恩赦は400人に留まった。軍政が恩赦を実行した背景には、全国の刑務所が政治犯でいっぱいになっていた状況に加え、恩赦という形によって多くの政治犯を釈放することで、欧米やASEANに対してアピールする狙いがあるとみられている。
 
欧米による軍政への批判や経済制裁は、中国のバックアップによって、深刻な影響を与えるまでには至っていない。武装市民への武器供与は、軍事訓練を受けた国境周辺の少数民族武装勢力経由でされているが、それも限界がある。結局、待ち伏せ攻撃した軍兵士や輸送トラックから武器を奪うしかない。武器奪取は命懸けで犠牲も多いとされ、武装市民組織は厳しい状況での戦いを強いられている。
 
民主派のNUGの発表によると、5月7日から6月6日までに軍との戦闘が5934件あり、地雷や爆弾事件は百七件発生し、軍兵士2613人が死亡、539人が負傷。
 
軍政もこの消耗戦に頭を痛めている。クーデター後に、軍や警察組織を離脱したり辞職して国外脱出したり、民主勢力に合流したりした兵士や警察官は8000人以上に上るという。
 
軍側は犠牲者数や辞職・離脱者数を明らかにしていないため、数字の信憑性は不明だが、相当数の犠牲者・離脱者が出ていることはたしかだ。
 
一方、民主派勢力側は、タイのバンコクに本拠を置く人権団体「政治犯支援協会」(AAPP)によると、2月10日現在、殺害された市民は2968人、逮捕拘留されている市民は1万7725人となっている。
 
このように、ミャンマーでは軍政と武装市民組織との間での戦闘が繰り返される「消耗戦のスパイラル」に陥っており、和平や調停などによる問題解決の道筋は全く見えてこない。
 
ミャンマーが頼りにする中国やASEAN、日本を含めた国際社会も問題解決に積極的にかかわれない、ないしはかかわろうとしないなかで、今日もミャンマーの一般市民や刑務所内の政治犯は、極限状態のなかで人権侵害や死に直面している。

大塚智彦

https://hanada-plus.jp/articles/1215

インドネシア在住ジャーナリスト PanAsiaNews 一九五七年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。一九八四年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。二〇〇〇年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。二〇一四年からフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、『民主国家への道、ジャカルタ報道2000日』(小学館)など。  

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大塚智彦

大塚智彦

インドネシア在住ジャーナリスト PanAsiaNews 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、『民主国家への道、ジャカルタ報道2000日』(小学館)など。  


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