米の中国軍事力報告書と我が国の対応|太田文雄

米の中国軍事力報告書と我が国の対応|太田文雄

中国の核兵器は「先制不使用」で、日本のような非核保有国に向いていないと高をくくっている人は、考えを改めた方が良い。


11月29日、米国防総省が中国の軍事力に関する年次報告書を公表した。我が国における防衛論議との関係から、特に注目すべきだと思われる核戦力の増強および海軍・海警の一体化の2点を取り上げたい。

核戦力の増強

内外メディアが報じたように、報告書は中国の核弾頭配備数が現在の400発強から2035年までに1500発に増えると予想している。そうした急速な核戦力増強を予想する理由を今回初めて明らかにし、①敵の第一撃の「抑止」と抑止に失敗した場合の「反撃」という戦略上の必要がある②核弾頭の材料となるプルトニウムや、濃縮ウラン、トリチウムの増産体制が整っている―と説明した。

海洋における核戦力に関しては、晋級の戦略原子力潜水艦(SSBN)に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL3が搭載される可能性を示唆した。従来のJL2の射程が約8000キロであるのに対し、JL3は約1万2000キロだ。JL3が搭載されれば、中国は原潜を太平洋中部に展開しなくても内海である渤海や南シナ海から米本土を射程に収めることができるので、静粛性に乏しい中国の戦略原潜にとっては極めて有利で、西側にとっては厄介なことになってくる。

中国の核兵器は「先制不使用」で、日本のような非核保有国に向いていないと高をくくっている人は、考えを改めた方が良い。中国人民解放軍の退役軍人で構成する軍事サイト「六軍韜とう略」が6月28日に「日本が中国の台湾統一を妨げるなら、核先制不使用政策の例外として日本を核攻撃する」と解説した動画を配信し、中国当局はこれを削除せず、黙認している事実を知るべきであろう。

中国に加えて、戦術核運用部隊の訓練を繰り返す北朝鮮や、ウクライナに核使用の恫喝を加えるロシアに取り囲まれている我が国は、非核三原則を固守したままで良いのか。

海軍と海警の一体化

今回の報告書には、中国海軍に在籍していた江島級コルベット艦が22隻、中国海警に移管されたことが記載されている。先月、我が国固有の領土である尖閣諸島の領海内に初めて76ミリ砲を搭載した海警船が侵入したと報じられたが、これが江島級コルベット艦である。2018年の法改正により中国海警は軍の支配下にある。

我が国でも2013年に防衛省が、除籍後の護衛艦を海上保安庁に提供する提案を行ったが、海保は断った。エンジン、武器、指揮・統制・通信システムが全く異なる護衛艦を海保が引き受けても、整備費用がかさむばかりというのが理由であったが、根底には「海保は軍機能を有しない」とする海上保安庁法25条があったのだろう。

北大西洋条約機構(NATO)の防衛費には沿岸警備隊の予算が含まれるが、沿岸警備隊に軍機能のあることが条件となっている。一方我が国では、海保が軍機能を有しないにもかかわらず、財務省主導で防衛予算の中に海保経費を含めようとする動きが顕在化している。

中国が海軍と海警の一体化を進める中で、我が国は海保を防衛予算の水増しに利用するだけで、海保に軍機能を持たせる方向に議論を向けないで良いのか。(2022.12.05国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

「交渉のプロ」トランプの政治を“専門家”もメディアも全く理解できていない。トランプの「株価暴落」「カマラ・クラッシュ」予言が的中!狂人を装うトランプの真意とは? そして、カマラ・ハリスの本当の恐ろしさを誰も伝えていない。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

日米韓の慰安婦問題研究者が東京に大集合。日本国の名誉と共に東アジアの安全保障にかかわる極めて重大なテーマ、慰安婦問題の完全解決に至る道筋を多角的に明らかにする!シンポジウムの模様を登壇者の一人である松木國俊氏が完全レポート、一挙大公開。これを読めば慰安婦の真実が全て分かる!


「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」――アメリカに本部を置く北朝鮮人権委員会が発表した報告書に記された衝撃的な内容。アメリカや韓国では話題になっているが、日本ではなぜか全く知られていない。核開発を進める独裁国家で実施されている「現代の奴隷制度」の実態。


アメリカは強い日本を望んでいるのか? 弱い日本を望んでいるのか?|山岡鉄秀

アメリカは強い日本を望んでいるのか? 弱い日本を望んでいるのか?|山岡鉄秀

副大統領候補に正式に指名されたJ.D.ヴァンスは共和党大会でのスピーチで「同盟国のタダ乗りは許さない」と宣言した。かつてトランプが日本は日米安保条約にタダ乗りしていると声を荒げたことを彷彿とさせる。明らかにトランプもヴァンスも日米安保条約の本質を理解していない。日米安保条約の目的はジョン・フォスター・ダレスが述べたように、戦後占領下における米軍の駐留と特権を日本独立後も永続化させることにあった――。


習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

すぐ隣の国でこれほどの非道が今もなお行なわれているのに、なぜ日本のメディアは全く報じず、政府・外務省も沈黙を貫くのか。公約を簡単に反故にした岸田総理に問う!


最新の投稿


【今週のサンモニ】サンモニ名物コメンテーターの差別発言|藤原かずえ

【今週のサンモニ】サンモニ名物コメンテーターの差別発言|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】「情報軽視」という日本の宿痾をどう乗り越えるのか 松本修『あるスパイの告白――情報戦士かく戦えり』(東洋出版)

【読書亡羊】「情報軽視」という日本の宿痾をどう乗り越えるのか 松本修『あるスパイの告白――情報戦士かく戦えり』(東洋出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】口だけの核廃絶は絶望的なお花畑|藤原かずえ

【今週のサンモニ】口だけの核廃絶は絶望的なお花畑|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


衆院解散、総選挙での鍵は「アベノミクス」の継承|和田政宗

衆院解散、総選挙での鍵は「アベノミクス」の継承|和田政宗

「石破首相は総裁選やこれまで言ってきたことを翻した」と批判する声もあるなか、本日9日に衆院が解散された。自民党は総選挙で何を訴えるべきなのか。「アベノミクス」の完成こそが経済発展への正しい道である――。


【今週のサンモニ】偽善と悪意に溢れたコメント連発|藤原かずえ

【今週のサンモニ】偽善と悪意に溢れたコメント連発|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。