国を憂える政治家はいるか|田久保忠衛

国を憂える政治家はいるか|田久保忠衛

当然ながら、参院選最大の論点は、日本を改革する憲法改正の是非になるはずだ。が、どの候補が日本の国難の核心に触れる意見表明を行ったか。自分はどうなろうと国を憂える、といったパフォーマンスは流行らなくなったのだろうか。


参院選の公示が終わり、各党とも一斉に選挙へ向かって走り出したが、日本が国際情勢下でいかに厳しい立場にあるかの認識が欠落しているせいか、取り上げるべき問題の優先順位が明確ではない。特に、国家的危機と個人的危機の区別もないまま大声で何かを怒鳴っているだけなのが現状だ。日清戦争前夜の朝鮮半島における列強の恐ろしい外交について、陸奥宗光は「蹇蹇録(けんけんろく)」の中で「当時の事情を追想するも猶(なほ)慄(りつ)然膚(はだ)に粟(あわ)するの感なき能(あた)はざるなり」と書いているが、日本の政治家で陸奥の真意を理解する向きは決して多くないと思う。

日本が直面する「第3の大変革」

いまから半世紀ほど前、ニクソン米政権下で大統領補佐官を務めたキッシンジャー氏が西海岸の新聞編集者を集めて行った外交政策説明会で日本に言及し、1853年のペリー来航、1945年の第2次大戦での敗戦が日本の国体に決定的な二つの変化をもたらしたと述べたことがある。国体が変わったというキッシンジャー発言の当否はともかくとして、明治維新、戦後体制という大変革をもたらすきっかけとなったのがペリー来航と敗戦の二大事件であったことに疑問の余地はない。

ところが、いまここに、日本に第3の変革をもたらす国際的変化が起きようとしているのだ。戦後の日本の安全を支えてきたのは、日米安全保障体制だ。この体制がにわかに崩壊することはないにしても、不安定になりつつあるのは確かであろう。中国が政治、経済、軍事、技術などあらゆる部門で強力になり、遠くない将来に国力で米国を追い抜けるかもしれないとの自信をつけ始めたのである。中国と「限りない団結」を誇示したロシアはウクライナに侵攻し、いわゆる西側と対立する関係に急変してしまった。

憲法改正こそ最大の論点

そこで、米国が戦後あるいはソ連崩壊後の一時期に示した指導性を発揮していれば問題は起こらなかった。ところが、米国はウクライナへの直接の軍事介入を控えた。それを見透かしたかのように、ロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻し、核による脅しをかけた。環境の大変化に対応するため、ドイツは安全保障政策の大転換に踏み切った。追随するかのように、岸田政権も「5年以内に国内総生産(GDP)の2%」を念頭に防衛費の相当な増額を内外に約束した。日独両国とも、経済重視・軽武装の戦後の看板を下ろす方向性がはっきりした。

当然ながら、参院選最大の論点は、日本を改革する憲法改正の是非になるはずだ。が、どの候補が日本の国難の核心に触れる意見表明を行ったか。自分はどうなろうと国を憂える、といったパフォーマンスは流行はやらなくなったのだろうか。(2022.06.27国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

特命委員会の役員は「懸念点は国会で十分な審議をし、払拭する」と党内の会議で我々に述べていたが、衆院内閣委員会での質疑は、10分×8会派で1時間20分、修正案についても約40分の計2時間だった――。


ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

願望の表明や、宣言、メッセージの発出は、戦略ではない。中国を核軍縮のテーブルに着かせるには、まず日米の側が同等の戦域核を持ち、戦力を均衡させることから始める必要がある。


【読書亡羊】必読、対中国「政治戦」の教科書を見逃すな!  ケリー・K・ガーシャネック著、鬼塚隆志監修、壁村正照訳『中国の政治戦 -「戦わずして勝とう」とする国への対抗戦略』(五月書房新社)

【読書亡羊】必読、対中国「政治戦」の教科書を見逃すな! ケリー・K・ガーシャネック著、鬼塚隆志監修、壁村正照訳『中国の政治戦 -「戦わずして勝とう」とする国への対抗戦略』(五月書房新社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


中国に媚びを売る?危険すぎる沖縄県人権条例|篠原章

中国に媚びを売る?危険すぎる沖縄県人権条例|篠原章

沖縄県の照屋義実副知事が着任したばかりの呉江浩駐日大使を表敬訪問したその日、ある条例が可決していた。「沖縄県差別のない人権尊重社会づくり条例」(「沖縄県人権条例」)――玉城デニー知事の思惑が透けて見える危険な条例の実態。


LGBT法案、女性を守るためにも徹底的に議論を!|和田政宗

LGBT法案、女性を守るためにも徹底的に議論を!|和田政宗

「G7の中で日本だけ、LGBTの方々に対する差別禁止の法律がない」との主張を展開する方がいたが、衆院法制局によって「(G7の)いずれの国にも、性的指向・性自認に特化して差別禁止を定める法律はない」ということが明らかになった――。(サムネイルはエマニュエル駐日米国大使Twitterより)


最新の投稿


LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

特命委員会の役員は「懸念点は国会で十分な審議をし、払拭する」と党内の会議で我々に述べていたが、衆院内閣委員会での質疑は、10分×8会派で1時間20分、修正案についても約40分の計2時間だった――。


【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

入管法改正案についての報道が相次いでいる。そのトーンは反対一色。難民を認定しない日本政府や入管は悪、翻弄される外国人は善――という非常に単純化された報道ばかり。その一方、不良外国人の迷惑・犯罪行為に困る地元住民の声はほぼ封殺されたままだ。


原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

柏崎刈羽原発で東電の社長を厳しく追及し、社員のやる気をなくさせているのが現在の原子力規制委の山中伸介委員長。電力事業者の取り組みがうまくいかないのは、規制委の采配が下手だからだ。我が国でも米国のように、規制委の抜本的改革が必要である。


広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

お祭り騒ぎや日本式のおもてなしではどうにも片付かない冷厳な現実が待ち受けている。己を知らない国に救いはない。