ウクライナ戦争は戦後世界が信じて疑わなかった安全保障の前提を大きく崩すことになった。
崩壊したNPT体制
第一は核管理を支えてきた核拡散防止条約(NPT)体制の実質的な崩壊である。NPTは核軍縮を目的に1968年に国連総会で採択され、1970年に発効した。米国、中国、英国、フランス、ロシアの5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約である。つまり5カ国に核の管理を全面的に委ねて核兵器の拡散を防ごうとするものであるが、その前提は、核保有国である5カ国は責任ある大国なので非核保有国は安心するように、というものだ。ところが今回のロシアのウクライナ侵略は、その前提が崩れたことを白日の下にさらした。
ロシアのプーチン大統領はウクライナのクリミア半島を2014年に併合した際にも核兵器を準備していたことを1年後のメディアのインタビューで明らかにしており、その時も世界は驚愕したが、今回は軍事作戦遂行中に核の威嚇を行ったのである。これは、NPT体制への国際社会の信頼を喪失させるものであり、北朝鮮の核保有にも正当性を与え、核拡散を加速する可能性が高まった。
核戦争恐れた米国
第二は、米国の対応である。1991年の湾岸戦争は、当時のイラクのサダム・フセイン大統領が隣国クェートを侵略したことにより生起した。当時のブッシュ米大統領(父)は、これを放置すれば冷戦後の国際秩序は崩れるとして、米国を中心に多国籍軍を編成し、1カ月でイラク軍をクェートから放逐した。今回のウクライナ侵攻でも、ロシアが自国の安全保障を名目に隣国ウクライナを侵略したわけであり、事象としてはイラクのクェート侵略と何ら変わりはない。
しかし、ウクライナに関してバイデン米大統領は、軍事介入をせず厳しい経済制裁で対応することを早々に宣言した。何が米国の対応に違いをもたらしたのか。明らかにロシアが核大国だからだ。米国がウクライナに軍事介入すれば、ロシアと直接ぶつかることになり、核戦争へエスカレートする可能性があるためだ。今回の米国の対応を通して、世界は、核戦争の可能性を考慮して軍事介入しない米国を戦後初めて見ることになった。