新型コロナウイルス不況からの景気回復にウクライナ侵略の産油国ロシアへの経済制裁が重なって、エネルギー価格が高騰している。世界的にはインフレ局面だが、日本だけは違う。逆に物価が下がり、所得が減り続けるデフレ不況が深刻化している。にもかかわらず、岸田文雄政権は財務官僚の均衡財政主義に引きずられ、日銀審議委員人事では反金融緩和派を指名する始末である。
絶大な財務省の影響力
デフレは物価の継続的な下落を指すのだが、世界共通のインフレ指標はコア消費者物価と呼ばれる。天候に左右される生鮮食料品や国際情勢の変動に左右されるエネルギーを除き、需要と供給の関係が決める経済法則を反映する。日本のコア物価上昇率は2020年8月以降、ゼロ%以下で推移している。1990年代後半以来の慢性デフレに日本がどっぷりつかったまま抜け出せずにいる。
デフレは国民経済全体の収縮を引き起こす。経済力が衰退する国の通貨は、外国為替市場で絶好の投機売り対象になる。現局面の円安がそうだ。他国に比べて物価も所得も下がり、経済規模が縮小する上に円安が重なるのだから、日本の人材、技術、企業さらに国土まで、すべてが安く買いたたかれる。マネーパワー増長一途の中国は1発の銃弾を撃たなくても日本をわがものにできる。
財務省の政権に対する影響力は絶大だ。2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権は脱デフレを目指したアベノミクスを打ち出し、異次元の金融緩和と機動的な財政出動を組み合わせたが、消費税増税と緊縮財政に追い込まれた。もとより財務省の影響が強い宏池会代表の岸田首相は昨年12月の国会所信表明、今年1月の国会施政方針演説で「デフレ」の一言も発しなかった。
心配な日銀人事
現在まで続いているのは金融緩和だが、日銀の伝統的な金融政策の考え方は、金融政策では物価を押し上げられない、中央銀行の主要な役割は民間金融機関の経営の安定だというものだ。日銀は2014年1月当時、安倍政権の強い要請を受けて、消費者物価上昇率2%の物価安定目標の下、金融緩和を推進すると約束したが、2%目標は達成されないままで、日銀とその周辺では日銀理論派が再び勢いづいている。
安倍元政権時に就任した金融緩和積極論者の片岡剛士氏ら2人の日銀審議委員が7月に任期満了になる。岸田政権が片岡氏の後任に指名したのがみずほ銀行出身の岡三証券エコノミストの高田創氏である。高田氏は金融緩和が銀行収益を圧迫するなどの副作用を重視し、2%の物価目標を見直すべきだと主張してきた。高田氏の考えはデフレをもたらす緊縮財政によって国債相場の安定をめざす財務省の意向にも沿う。
来春には黒田東彦日銀総裁が任期を終える。岸田首相は次期総裁に誰を選ぶか。日銀理論と財政均衡主義の双方に目配りする人物を指名するようなら、日本再生の見込みは完全に失せ、国家と国民はデフレの泥沼に沈んで行くだろう。国会はぼやぼやすべき時ではない。(2022.03.22国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)