【読書亡羊】実に野蛮で洗練された中国のウイグル弾圧 ジェフリー・ケイン著、 濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)

【読書亡羊】実に野蛮で洗練された中国のウイグル弾圧 ジェフリー・ケイン著、 濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


「党を、習主席を愛しています!」

「党を愛しています! 習主席は偉大な最高指導者です!」

「頭の中にあるウイルスを取り除こう!」

強制収容所に送り込まれたウイグル人が、ノートに書くこと、唱和することを強要されているのがこのフレーズだ。毎日、毎日、監視の下、このフレーズだけを繰り返すよう求められ、少しでも「疑問を呈した」と監視員側に受け取られれば、それがたとえちょっとした表情の変化であっても厳しい懲罰が待っている。

中国共産党は、ウイグル人に対して「党に反抗的な態度」や「独立運動」といった外からもわかる言動を取り締まるだけでは飽き足らない。「頭の中にあるウイルス」とは、ウイグル人たちのルーツ、生活様式、文化、歴史、宗教を指す。

「中国共産党への忠誠」を誓わせることによって、それ以外の思想、精神を根絶やしにしようとしていることが、ジェフリー・ケイン著、 濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)から、これでもかというほどに伝わってくる。

実に野蛮で原始的なやり方だ。だが共産党はこうしたアナログな「洗脳」をする一方、先端テクノロジーを駆使した強固な監視システムによって、ウイグル人の行動を取り締まる。しかもそこには、AIによる「予測」まで含まれる。党にとって不都合な「何か」をするはるか手前の段階で、「何かしそうな人物」と判断されれば即座に監視網にとらえられ、身柄を拘束されるのだ。

『AI監獄ウイグル』という本書のタイトルはまさに、端的に現在のウイグルが置かれた状況を表している。

AI監獄ウイグル

監視員と自宅で同居

「そうは言うけれど、弾圧を示すものは証言しかないじゃないか」

 ウイグル弾圧をめぐる告発に常に付きまとう物言いだが、本書は多くのウイグル人の証言を得、しかも同じ人物に何度も証言内容を確認することで、創作や過剰な「演出」を排す努力が施されている。

強制収容所の中の詳細な描写、あるいは自身や家族への監視の網が徐々に張り巡らされていく様子は、メイセムという女性の証言を中心に紹介されている。

家の壁の色が、東トルキスタン復興を目指す独立派の色だと注意され、赤く塗れと当局から迫られる。メイセム自身は収容所へ送られ、残された実家には「監視員」が送り込まれ、衣食住を共にすることを強いられる。

そして監視カメラや顔認識技術、ビッグデータの解析といったテクノロジーによって、ウイグル地区全体が逃げ場のない「AI監獄」と化していく様は、イルファンという技術者の男性の体験を通じて語られる。

二人とも、中国共産党に対して敵対的な思想を持っていたわけではない。むしろ、メイセムは「中国という祖国のために働く」外交官を目指し勉強していた学生であり、イルファンは国内の治安維持にかかわる、高給を得られる仕事に誇りを持っていた。

だが中国共産党は、こうした若いウイグル人が持っていた「祖国のために」という純粋な気持ちを踏みにじり、彼らを敵視し、ついには洗脳によって「ウイグルらしさ」を捨てさせようとする。内心の自由さえ認めないのだ。

「奴らが体制に打撃を与えるのではないか」という疑心暗鬼が高じると、人間はこうも残酷になれるのかと暗澹たる気持ちになる。

関連する投稿


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか  千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか 千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「台湾系移住民」が経験した古くて新しい問題  三尾裕子『心の中の台湾を手作りする』(慶応義塾大学三田哲学会叢書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「台湾系移住民」が経験した古くて新しい問題 三尾裕子『心の中の台湾を手作りする』(慶応義塾大学三田哲学会叢書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】米国防次官が「クマよりドラゴンを警戒せよ」という理由  村野将『米中戦争を阻止せよ』(PHP新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】米国防次官が「クマよりドラゴンを警戒せよ」という理由 村野将『米中戦争を阻止せよ』(PHP新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か  ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】いつまでも進歩しない国家防衛思考|藤原かずえ

【今週のサンモニ】いつまでも進歩しない国家防衛思考|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


教科書に載らない歴史|なべやかん

教科書に載らない歴史|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


「医療の壁」を幸齢党がぶっ壊す!|和田秀樹

「医療の壁」を幸齢党がぶっ壊す!|和田秀樹

高齢者のインフルエンサーと呼ばれ、ベストセラーを次々と出してきた和田秀樹氏が「幸齢党」を立ち上げた。 なぜ、いま新党を立ち上げたのか。 「Hanadaプラス」限定の特別寄稿!


【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。