精度高まる中国の核戦力|太田文雄

精度高まる中国の核戦力|太田文雄

「2030年までに中国は少なくとも1000発の核弾頭保有を目指している」米国防総省が公表した報告書が世界に衝撃を与えている。中国はなぜ核弾頭の増勢を目指しているのかー―。


3日に米国防総省が「中国の軍事・安全保障動向に関する報告書2021」を公表した。日本のメディアは一斉に、この中の「2030年までに中国は少なくとも1000発の核弾頭保有を目指している」という点を報道しているが、何故中国が核弾頭の増勢を目指しているのかについての分析が不足しているように思われる。

攻撃目標は都市から軍事施設へ

ニューヨークやロサンゼルスのような大都市を核攻撃することをカウンターバリュー(対価値)と呼び、これに対して軍施設を核攻撃することをカウンターフォース(対軍事力)と呼称している。

これまでの中国の核戦略は、カウンターバリューであった。しかし、例えば中台紛争で米国が台湾の支援をしたからといって、米国の大都市と民間人を核攻撃することは、抑止力としてでも敷居が高く、柔軟な反応戦略とは言えない。そこで、米国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)収納サイロを攻撃する態勢を整えて信頼性ある抑止力としたくなる。

そのためには攻撃精度が高くなければならず、それを可能にする全世界的な衛星航法装置はこれまで不十分であった。しかし、北斗と呼ばれる航法衛星が本年6月に全世界をカバーできるようになるに至って、精度の高いサイロ攻撃が可能となってきた。だが、全米に配備されているサイロを攻撃するためには、一定の数が必要となってくる。従って、現在約250発の核弾頭数を大幅に増勢することが、2030年までに1000発の保有を目指す背景にあると筆者は分析している。

核三国時代の到来

これまで米国の核戦略はロシアだけを対象としていた。それは中国の核弾頭数が米露と比較して一桁少なかったからである。しかし1000発となれば、米国はロシアのみならず、中国をも対象とした核戦略や軍備管理交渉を構築しなければならなくなる。核に関する米露中三国時代が到来する。

昨年、ワシントンにあるシンクタンクのトップが、筆者に米露核戦力管理交渉に中国が加わる場合の留意点について意見を求めてきた。また本年、ハワイにあるシンクタンク、パシフィック・フォーラムの理事長であるデービッド・サントロ氏は「US-China Nuclear Relations(米中核関係)」という本を出版した。中国は、中台紛争のような米中軍事衝突に備えて、柔軟かつ信頼性の高い核抑止力の保有を目指している。

他方、米国防大学出版部から最近出された「The PLA Beyond Borders(国境を越える中国軍)」の第2章では、人民解放軍が台湾侵攻に必要とする海・空からの兵員輸送力や後方支援能力は未だ不十分と分析している。軍事専門家のこうした冷静な分析にも注目すべきである。(2021.11.08国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


中国を利するだけだ!「習近平失脚説」詐術の構造|遠藤誉【2025年10月号】

中国を利するだけだ!「習近平失脚説」詐術の構造|遠藤誉【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『中国を利するだけだ!「習近平失脚説」詐術の構造|遠藤誉【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取る戦いを行っている南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


最新の投稿


【編集長インタビュー】自民党再生のための三つの条件|西村康稔【2025年11月号】

【編集長インタビュー】自民党再生のための三つの条件|西村康稔【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『【編集長インタビュー】自民党再生のための三つの条件|西村康稔【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは  西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは 西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!