常識から外れた「無観客」
これほど“あり得ない”決断には、なかなか出会えるものではない。
7月8日、菅義偉首相は記者会見で「私は緊急事態宣言となれば、無観客も辞さないと言ってきた」と語った。その瞬間、「えっ」と思わず声を上げた関係者は少なくなかった。
なぜなら観客の有無については、IOC(国際オリンピック委員会)、IPC(国際パラリンピック委員会)、日本政府、東京都、大会組織委員会の「五者協議で決まる」と説明していたからだ。
都民ファーストは、都議選の重点政策で、〈国が有観客での開催を強行する場合「無観客」での開催を強く求める〉と掲げており、小池百合子都知事が五者協議で「無観客」を主張するのは、予めわかっていた。
6月から五輪の「無観客も辞さない」と言い続けた菅首相の五者協議直前のこの言葉で、自身も無観客に否定的ではないことが判明。関係者に衝撃が走ったわけである。
私は絶句した。「無観客」など、あり得ないからだ。世界に恥を晒すことになり、日本が国際社会でこれまで築き上げてきた信用や信頼が大きな打撃を受けてしまう。私はツイートや動画を通じてこのことを発信してきたが、そのまま無観客は決定した。
いかにこれが常識から外れたことか説明したい。ワクチン接種は7月9日時点で4719万回、65歳以上には1回目が2665万回、2回目が1583万回に達した。予想通り、これによって課題だった「高齢者の感染」は激減した。
新型コロナは、高齢者直撃の感染症である。日本でも80歳以上の高齢者は陽性者の7人に1人という恐ろしい割合で命が奪われた(死亡率14・2%)。だが、若者は逆だ。
20代は陽性者17万9428人に対して死者8人。死亡率0%である。三十代も0%、40代になって初めて0・1%になる。つまり、高齢者を守るためのワクチン接種が実現すれば、若者にとっては“普通の風邪”なのだ。
“珍現象”があちこちで
幸いに第五波は、味覚障害もなく、鼻水と頭痛が中心という臨床報告が出ており、若者の陽性者が増えようと何の関係もない。集団免疫を目指すなら、むしろ「歓迎すべきこと」との声もあるぐらいだ。
つまり、四度目の緊急事態宣言も、五輪無観客も、まったく「必要ない」のである。
7月6日には、スーパーコンピューター「富岳」が観客一万人で「感染ゼロ」であることを弾き出し、文科省が発表した。しかし、それでも菅首相は都からの要請に自ら擦り寄り、東京五輪を無観客にしてしまったのだ。
おかげで“珍現象”があちこちで生じることになった。国立競技場のすぐ隣の神宮球場ではプロ野球のヤクルトが観客の熱狂の下、連日熱戦をくり広げ、伝統の巨人―阪神戦では甲子園を埋めた観客が大声を上げて白熱した試合を堪能した。
沖縄でおこなわれた「日本生命カップ 2021 バスケットボール男子日本代表国際強化試合沖縄大会」では沖縄アリーナに詰めかけた観衆の前で日本代表がフィンランドやハンガリーと対戦し、万雷の拍手を受けた。
「強化試合が有観客で、本番が無観客って一体なんだ?」との疑問の声が満ちたのは当然だっただろう。