立憲民主党の詐欺的手口
自民、公明両党が、立憲民主党から提示された国民投票法改正案の修正要求を受け入れた5月6日、私はこれまで常々感じていたことが遂に確信に変わりました。
日本に立憲民主党という政党はいりません。理念も信念も何もない。ただただ、自分が議員バッヂをつけて国会議員でいられさえすればそれでいい。そのためだったらイデオロギーもポリシーもかなぐり捨てて、共産党であろうと手を組む。そんな政党は日本にとって百害あって一利なしです。断言します。日本に必要ありません。5月6日に行われた衆院憲法審査会で、そう確信しました。
今回、立憲民主党が出してきた修正案は、簡単に言ってしまえば、改正案の施行後3年をめどに、CM規制などの修正案の法制上の措置を講じるというもので、百歩譲ってこれはまだいい。
問題は、その3年の間は憲法の議論をしないという意図を潜り込ませてあることです。我々日本維新の会は、自民党にも再三再四そのことを言い続けました。それを憲法審査会の場でつまびらかにするため、自民党に「3年間は議論をしないということではないか。憲法改正に向けた国会の発議権が制限されているとの誤解を招きかねない」と質すと、自民党は「いやいや、憲法改正の議論はこれからも当然やっていく。三年に縛られることはない」との答えでした。
では、立憲民主党はどうなのか。訊くと案の定、「議論はさせません」の一言です。つまり、「国民投票法改正の修正案に合意、今国会で成立へ」などと各メディアで大々的に報じられましたが、その実態は同床異夢で、自民党と立憲民主党の合意の中身も見解も全く異なっているのです。早速、立憲民主党は「来週の憲法審査会をやらないかもわからない」と言い出す始末です。こんなことが許されるわけがない。この辺りをメディアもほとんど国民に伝えていません。当然、維新の会は改正の原案には賛成しましたが、立憲民主党の修正部分には反対しました。
いったいどの口が言うのか
「議論はさせません」って、もう言っていることが意味不明です。つくづく呆れ果てました。立憲民主党の人たちは、憲法を変えるのも、変えさせないのも自分たち次第なんだ、と傲慢な勘違いをしているのではないか。
言うまでもなく憲法は国民のものであり、改正するかどうかは国民が決めるものです。憲法改正における国会の役割とは、単に改正項目を国民に提示するだけなのです。
判断は国民がするにもかかわらず、憲法審査会で議論すらさせない。共産党などは「憲法改正にがる憲法議論をする憲法審査会は開催自体を認めない」などと言っている。その共産党と統一候補という、もたれ合い、なれ合いの選挙互助組合をつくって「与党を倒した、自民党に勝った」と喜んでいるのが立憲民主党です。
代表の枝野幸男さんにしてもかつては改憲論者だったのが、いまでは改憲論者じゃないとか、でも政党の名前は立憲民主党――立憲主義に基づく政治をやるだの、まっとうな政治だの、いったいどの口が言うのか。