天安門城楼に立った唯一の西側の指導者
中国への経済的依存が進むとともに、韓国では反共の信念が揺らぎだし、韓米同盟や日韓米の協力関係に影がさし始めた。韓国は軍事面で、米中の板挟みとなって苦悩するようになる。
その象徴的な出来事が、2015年9月に行われた中国の戦勝式典(抗日戦勝70周年を記念した軍事パレード)に韓国の朴槿恵大統領(1952年生まれ)が出席したことだった。
習近平、プーチンとともに天安門城楼に立った唯一の西側の指導者、朴槿恵の姿は世界に報じられ、ワシントンからは「ブルーチーム(味方)にいるべき人がレッドチーム(敵方)にいる」と揶揄する声も出た。
以降、韓国は米国と中国の間で揺れ続けるが、サードミサイル(THAAD=高高度ミサイル防衛システム)の韓国内への配備をめぐって中国の逆鱗にふれてしまう。中国はこのシステムを構成する「Xバンドレーダー」で中国内部が丸見えになることを非常に嫌がった。
これは、今もくすぶりつづける韓中間の大きな火種だ。サードミサイルをめぐる韓中の激しいせめぎ合いについては後述する。
ところで、日本の外交青書の韓国の項で、前年まで長く記載されていた「自由と民主主義、基本的人権等の基本的価値を共有」という表現が削除されたのも、ちょうど2015年版からである。
皮肉なことに、日韓国交正常化50周年を迎えた節目の年だった。この「基本的価値を共有」という言葉は、以来一度も復活していない。
日本政府はもう韓国を同じ価値観を持つ相手とは見ていないのだ。中国や北朝鮮に近い、異なる価値観によって動く国として、不信感を募らせている。私たち国民も、韓国とはそういう相手であることをしっかり知るべきだ。
文在寅政権の性格を表現する際、「親中」「従北」といった言葉がよく使われる。しかしこれは文在寅政権に限っての特異なものではない。
冷戦が終わり、韓国で軍政が引かれ、中国との国交が開かれて以降、韓国は政権が主導して、というよりも国全体として徐々にそういう傾向を強めてきたのだ。北朝鮮による核やミサイルの脅威によってしばし立ち止まることはあったものの、大きな流れは変わらなかった。
この変化を推し進めたひとつの大きな勢力が、国交樹立後、大量に流れ込んできた中国朝鮮族(以降、朝鮮族)だ。本書では、まずこの韓国における朝鮮族について説明する。
まず次章では、2020年初め、コロナ禍で韓国社会が揺れるなか、大きな騒動となった「チャイナゲート」という事件について詳述する。この事件を機に多くの韓国民が朝鮮族の存在の大きさと危険性にはっきり気づいたからだ。
1958年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1989年から96年までソウルで暮らし、延世大学延世語学院などで日本語を教えながら、韓国の言葉、文化、社会事情を学ぶ。帰国後、韓国語の翻訳者として、主に各テレビ局の韓国・北朝鮮報道で、翻訳や取材、リサーチに携わる。