いつのまにか護憲派に
さらに解せないのが、自民党の党是である憲法改正に対する石破氏の姿勢である。
今年元日には、鳥取市で記者団の質問に答え、戦力不保持を定めた憲法九条二項を維持したまま自衛隊を明記する自民党の九条改正案について、「絶対反対の立場だ」と強調した。党が2018年にまとめた改憲案に、改めて異論を唱えたのである。さらに九条改憲自体についても否定的にコメントした。
「ハードルは非常に高い。政治の最優先課題だとは思わない」
だが、この問題はすでに決着が付いている。それこそ総裁選で石破氏と争った安倍首相は当時、周囲にこう決意を示していた。
「この問題は、これで終わらせる」
総裁選で自衛隊明記の憲法改正を掲げて反対論を唱える石破氏に堂々と勝つことで、明記案の正当性を高め、党を一つにまとめようと考えていたのである。
実際、総裁選で石破氏は党員票こそ45%を獲得したものの、国会議員票は2割にも及ばず、安倍首相の圧勝だった。
「総裁選での討論会などで、石破さんはなぜか憲法論議にはあまり乗ってこなかった」
安倍首相はのちにこう振り返っていたが、石破氏は憲法に関する持論を前面に打ち出すこともしなかった。総裁選討論会で、石破氏はこんな言い方をしていた。
「国民に向けて一人ひとり誠実な説明なくして、私は憲法改正なんてやっていいと全く思っていない。そういうやり方が、(安倍首相とは)方法論として異なる」
ただ、誠実に説明するのはいいが、自民党は昭和30年の結党時から「党の使命」として憲法改正を掲げ続けてきたのではないか。何をいまさら言っているのかとの感がある。
国民の一人としては、はぐらかされ、バカにされたような気分になる。
そんなふうでいて、いまさら「絶対反対」と言うのはどうか。ただ、護憲勢力を喜ばせるだけではないか。石破氏は、実は護憲派だったのか。
また、今年2月には、武漢ウイルスの感染拡大に伴い、憲法を改正して「緊急事態条項」の新設を求める意見が浮上した。
石破氏はその際、その動きについて「悪乗りだ」と批判した立憲民主党の枝野幸男代表の言葉を引き合いに、「悪乗りして憲法に持っていくつもりはない」と主張した。
緊急事態条項の新設は、自民党が策定した改憲4項目の一つだ。党幹部は「世論受けを狙っても、党全体に泥を塗るような姿勢では支持が広がらない」と憤っていたが、野党に安易に寄り添ってどうしたいのか。
首相の邪魔をしたいだけ
安倍首相が改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言をしたところで、感染症対策で最も効果的だとされる人の移動制限は、「みだりに外出しない」などの「要請」しかできない。あくまで国民の自粛を期待するしかないのである。
「一時的にせよ、私権を制約する立法を可能とするには憲法に根拠規定がなければならない」(長島昭久元防衛副大臣)のであり、国民の理解が得やすいいまこそ緊急事態条項の議論をすべきではないか。「悪乗り」だなんだと言葉を弄んでいる場合ではない。
あるいは石破氏自身は筋論を述べているつもりかもしれないが、傍から見ると単に安倍首相の邪魔をしたいだけに思えてしまう。
たしかに現在、石破氏は各種世論調査で「次の首相」候補を問う質問で、常に一位か二位に名前が挙がる。
ライバルである自民党の岸田文雄政調会長らに大きな差をつけるが、調査結果をよく見ると、後押ししているのは総裁選の投票権を持たない野党支持層が目立ち、投票権を持つ自民党議員には派閥の枠を超えて強固なアンチ石破が少なくない。
産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査(3月21、22両日に実施)で、石破氏は安倍首相の18.8%とほぼ並ぶ18.5%となり2位を確保した。小泉進次郎環境相は9.8%、岸田氏はわずか2.9%に留まっており、その差は歴然としている。
とはいえ、調査結果を自民党支持層に限れば石破氏は19.7%で、首相の39.3%の半分程度しかない。逆に野党支持層の回答をみると、石破氏は立憲民主党(21.9%)、共産党(35.9%)、れいわ新選組(39.4%)と高い支持を受けている。
当たり前のことだが、自民党総裁は党員と国会議員の票で選ばれる。いくら野党支持者に人気が高くても、身近にいる同僚の自民党議員や自民党支持者層から評価されなければ総裁には就けない。党員票では岸田氏に勝てても、国会議員に選ばれなくては首相の座は勝ち取れない。
石破氏もそんなことは百も承知だろうが、安倍政権への文句ばかり繰り返しても、左派メディアや野党を利するばかりではないか。