なぜ憲法に緊急事態条項が必要か|百地章

なぜ憲法に緊急事態条項が必要か|百地章

緊急時における例外的な国家権力の行使や人権・私権の制限を、憲法の根拠規定なしにすべて法律で行うことは、憲法の蹂躙につながる。憲法に緊急事態条項を設けることに反対する人々こそ「立憲主義」を否定しているのだ。


憲法に緊急事態条項を設けることに反対する人々は、すべて法律で緊急事態に対応できると主張する。本当にそうだろうか。なぜ法律ではなく、憲法に緊急事態条項が必要なのか、具体的に考えてみよう。

国会を開けない時はどうする?

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第一は、法律を制定したくても国会を開けない時に備え、「定足数の例外」や「緊急命令(政令)制度」などを定めておくためである。

緊急事態には法律で対応すればよいと主張する人たちは、もし今回の新型コロナウイルスより毒性と伝染力の強い感染症が蔓延(まんえん)し、国会を開きたくても参議院の緊急集会さえ開けない場合には、どうすれば良いというのか。

衆参両院の定足数は憲法でそれぞれ総議員の3分の1と定められているから、法律で変更することはできない。

また、国会を開けない時、一時的に国会に代わって内閣が緊急政令を制定し、危機を乗り切った後で、速やかに国会の承認を求める「緊急命令(政令)制度」を採用することも考えるべきであろう。今日、オーストリア、スペイン、イタリアなどの国々が、この緊急命令制度を採用している。

第二に、憲法に定めておくしかないのが国会議員の任期の特例である。例えば衆議院の解散中や参議院議員の任期満了直前に感染症の大流行が発生して、総選挙や参院選を実施できない場合、どうすれば良いのか。

第三に、法律に緊急事態規定があっても、いざという時に憲法違反の疑いが提起され、十分に機能しないという場合に備えて、憲法に根拠規定を置いておくためである。

例えば、今回の新型コロナウイルス流行を受けて改正された新型インフルエンザ等対策特別措置法では、所有者の同意なしに土地を利用したり(49条2項)、必要物資を収用したり(55条2項)することができるが、万一、憲法29条1項(財産権の不可侵)に違反すると主張された場合、争っているいとまはあるまい。しかし、憲法に根拠規定があれば、このような混乱は回避できよう。

また、今回以上に毒性も伝染力も強い感染症が発生した場合に備えて、強制的に「外出禁止命令」を出すことができるよう特措法を再び改正する際も、ドイツ憲法11条と同様に、一時的な「居住移転の自由」の制限が出来るように憲法に明記しておけば問題は起こらない。

このように、憲法に書き込まなければ解決できない例は少なくない。

法律万能主義は憲法を破壊する

緊急時における例外的な国家権力の行使や人権・私権の制限を、憲法の根拠規定なしにすべて法律で行うことは、憲法の蹂躙につながる。憲法に緊急事態条項を設けることに反対する人々は、一方で「憲法は権力の暴走を防ぐもの」と言いながら、他方では憲法を無視し、法律でもって国家権力の行使拡大を認めてしまおうとする。その矛盾に気がつかないのか。これこそ、「立憲主義」の否定ではないか。

法律万能主義は、反対派が引き合いに出して批判する戦前の国家総動員法体制の二の舞いになるのではないか。(2020.05.07 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

著者略歴

百地章

https://hanada-plus.jp/articles/414

国基研理事・国士舘大学特任教授。1946年静岡県生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。愛媛大学法文学部教授、日本大学法学部教授。国士舘大学大学院客員教授などを歴任。法学博士。比較憲法学会副理事長、憲法学会常務理事、『産経新聞』「正論」執筆メンバー。著書に『憲法の常識 常識の憲法』、『憲法と日本の再生』、『靖国と憲法』、『憲法と政教分離』など多数。

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