フランスのマクロン大統領は4月5日訪中し、習近平国家主席と会談した。帰国の途次、マクロン氏は台湾問題に関して、欧州は中立的であるべきだとの見解を示し、「欧州を代表する見解ではない」と批判を浴びた。帰国後、「現状変更を認めないというフランスや欧州の立場は変わらない」と軌道修正したものの、欧州にとって「台湾有事」は所詮「対岸の火事」という本音が透けて見える。
台湾の戦略的価値は、欧州と日本とでは地政学的にも大きく異なる。欧州にとって台湾有事は「国際的一大事」であるが、日本にとっては「日本有事」である。中国による台湾併合は、その手段が軍事的か平和的かにかかわらず、日本にとって国家の一大事なのだ。軍事的手段による台湾併合だけが問題視されるが、認識を改める必要がある。
人民解放軍進駐の悪夢
昨年8月10日に中国が公表した3回目の「台湾白書」から、1回目、2回目にあった記述が消えた。統一後も「(台湾は)自前の軍隊を引き続き持てる」「中国は軍隊を派遣しない」という記述である。習氏は明確に台湾への「一国二制度」適用をやめ、統一後の人民解放軍進駐を決めた。
仮に平和的統一であっても、台湾に中国海軍、空軍が進駐すれば、周辺の制海権、制空権は中国に握られる。日本―台湾―フィリピンと連なる第一列島線は中国軍の動きを封じ込める機能を失い、米海軍のプレゼンスは後退する。日本のシーレーン(海上交通路)は中国に押さえられ、エネルギーの約90%、食料の約60%が中国に支配される。中国の戦略原子力潜水艦は台湾・フィリピン間のバシー海峡を通って太平洋への出入りが自在となる。その結果、米中の戦略核バランスは崩れ、米国が日本に差し掛けている「核の傘」は「破れ傘」と化す。日本の中国属国化は必至となる。
中国の影響力工作に対抗せよ
昨年10月、第20回中国共産党大会で習氏は「最大の誠意と努力を尽くして平和的統一を実現しようとしているが、武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置を取る」と述べた。ウクライナ戦争でのロシア苦戦を目の当たりにし、武力行使の準備はしつつ、「平和的統一」へ向け台湾住民に抵抗意志を喪失させる認知戦にかじを切った。認知戦のための影響力工作は既に始まっている。台湾を孤立させ、威嚇、恫喝により台湾住民が抵抗意志をなくした時、「平和的統一」が完了する。現在、大半の台湾住民は統一を望んでいないが、単独で中国と対峙できると思っていないことも事実である。
2014年、ロシアは軍事と非軍事の境界を曖昧にしたハイブリッド戦争と巧みな認知戦により、九州の7割の面積、約300万人が住むウクライナのクリミア半島を3週間でほぼ無血併合した。習氏はこの成功を見ているはずだ。台湾住民に孤独感、無力感を与えてはならない。日本は防衛力強化によって中国の武力行使に備えつつも、台湾住民との連帯を強め、中国の認知戦に対抗すべく日本版「影響力工作」を強力に推進しなければならない。(2023.04.17国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)