無限定の「LGBT差別禁止」の危険|島田洋一

無限定の「LGBT差別禁止」の危険|島田洋一

いま日本の国会では、差別の定義が曖昧なLGBT法案を、歯止め規定の議論も一切ないまま、性急に通そうとする動きが出ている。少なくともいったん立ち止まって、米国その他の事例をしっかり研究すべきだろう。


先進7カ国(G7)でLGBTなど性的少数者の差別禁止法が無いのは日本だけという主張があるが、事実に反する。

米国では、「性、性自認、性的志向に基づく差別の禁止」を謳った民主党提出のLGBT差別禁止法案(名称は平等法)は共和党議員のほぼ全員が反対しており、成立の見込みはない。反対理由の柱は、差別の定義が曖昧で濫訴や逆差別の危険が大きいことだ。とりわけ、①トランスジェンダーの権利を女性の権利の上に置き、女性に対する保護を損ねる②信仰の自由を脅かす―といった反対意見が強い。

現在、下院は共和党が多数を占める。上院は民主党がやや優位だが、5分の3が同意しないと討議を打ち切って採決に入れない上院独自の院内規則がある。そのため、予見し得る将来、この法案が議会を通る可能性はゼロと言ってよい。

Getty logo

同性婚拒否の権利も認めた米国法

米国の司法の場では、最高裁判所が2020年、LGBTであることを理由とする解雇や採用拒否は1964年公民権法に定められた「雇用機会の平等」に反するとの判断を下したが、あくまで雇用機会に限定した上での差別禁止であった。包括的に「性自認、性的志向に基づく差別」を違憲、違法とするような最高裁判例はない。

特に米保守派においては、無限定に「LGBT差別禁止」を法制化すると、反社会的勢力による企業、団体、個人に対する恐喝や濫訴を呼び込む他、「女性の保護」に逆行するなどマイナス面が多いとの認識がはっきり保たれていると言える。

同性婚については、2015年に最高裁が全ての州に容認を義務づける判決を下した(5対4の1票差)。しかし最高裁がこの判決を「再考」し「揺り戻し」が起こる(各州の判断に委ねるとの立場に戻る)ことを懸念するリベラル派の主導で2022年12月、連邦法において同性婚の正統性を認定する「結婚尊重法」が成立した。一定数の共和党議員も賛成した。

ここで留意すべきは、この法律は全国民に同性婚容認を求めるものではなく、逆に「結婚におけるジェンダーの役割については、合理的かつ誠実な人々の間で、真摯な宗教的、哲学的考慮に基づいた様々な考えがあり、そのいずれもが然るべく尊重されねばならない」と同性婚に否定的な立場の保護も明確に規定している点である。

いかなる宗教関連団体も、ある結婚の「挙式や祝福」を強要されてはならず、その拒否を理由とした訴訟にさらされたり、不利益処分(税の減免措置の取り消し等)を受けたりすることは許されないとした具体的な歯止め規定、安全装置も盛り込まれている。単に一方的に「同性婚を認めた法」ではなく、「同性婚を認めない立場も認めた法」である点が重要である。

必要な他国の事例研究

関連する投稿


チャーリー・カーク暗殺と左翼の正体|掛谷英紀

チャーリー・カーク暗殺と左翼の正体|掛谷英紀

日本のメディアは「チャーリー・カーク」を正しく伝えていない。カーク暗殺のあと、左翼たちの正体が露わになる事態が相次いでいるが、それも日本では全く報じられない。「米国の分断」との安易な解釈では絶対にわからない「チャーリー・カーク」現象の本質。


日本人だけが知らない「新型コロナ起源説」世界の常識|掛谷英紀

日本人だけが知らない「新型コロナ起源説」世界の常識|掛谷英紀

新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所で作られ、流出したものであるという見解は、世界ではほぼ定説になっている。ところが、なぜか日本ではこの“世界の常識”が全く通じない。「新型コロナウイルス研究所起源」をめぐる深い闇。


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取る戦いを行っている南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

Political conservatives in Japan have entered into a season of re-sorting.


ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパに君臨した屈指の名門当主が遂に声をあげた!もはや「ロシアの脱植民地化」が止まらない事態になりつつある。日本では報じられない「モスクワ植民地帝国」崩壊のシナリオ。


最新の投稿


【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『【編集長インタビュー】次の総裁と日本の背骨を作り直そう|萩生田光一【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】

月刊Hanada2025年11月号に掲載の『高市早苗 戦闘宣言|小川榮太郎【2025年11月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

【今週のサンモニ】低次元な高市新総裁批判|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは  西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは 西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「ドバイ案件」の黒い噂|なべやかん

「ドバイ案件」の黒い噂|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!信じるか信じないかは、あなた次第!