台湾総統選をめぐるもう一つの戦い
12月14日、台湾総統選挙の選挙戦が始まった。一月十一日の投開票日に向け、候補者同士の対立はもちろんのこと、もう一つの「戦い」も激化する。
現総統で次期選挙の候補者でもある蔡英文は12月19日、「中国が『毎日のように』台湾の総統選に介入し、圧力をかけ、威嚇し、台湾の民主主義にダメージを与えようとしている」と批判している。
(ロイター https://jp.reuters.com/article/taiwan-election-idJPKBN1XT2G2)
台湾総統選に対する中国の「圧力」と言えば、一九九六年の「第三次台湾危機」を想起する方も多いだろう。中国は選挙直前に台湾の港に向けてミサイル発射実験を実施。「民主化と台湾独立を志向する李登輝に投票すれば戦争が起きる」と台湾国民を脅したのだ。
今回はまだ表立った軍事行動はとっていない中国だが、その分、台湾に対する圧力や威嚇は形を変えた方法で行われている。それがサイバー領域での「攻撃」であり、台湾国民の世論に直接影響を与えようとする「浸透工作」だ。
すでに、「中国の元スパイ」であると告白し、オーストラリアへの亡命を求めている中国人男性が、台湾総統選への中国の介入を告発してもいる。中国が親中派候補の当選を後押しする情報戦を展開しているというのだ。
(ニューズウィーク日本版 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/12/post-13518.php)
その影響は計り知れないが、問題はそのような工作を行っても中国の思惑通りに事が運ばなかった場合、中国がどのような行動に出るかだ。
中国が「ハイブリッド戦」で台湾併合を目論む
陸上自衛隊で陸上幕僚長を務めた岩田清文氏は、『中国、日本侵攻のリアル』(飛鳥新社)で「台湾総統選後の中国の狙い」に警鐘を鳴らす。
間もなく行われる台湾総統選を期に、中国がサイバー領域や浸透工作と言った非軍事的手段と軍事的手段を掛け合わせた「ハイブリッド戦」によって「台湾併合」を目論む行動に出るのではないか、と指摘。時系列を明らかにした侵攻シミュレーションを行っているのだ。その一部を紹介したい。
〈一月十一日、台湾総統選で民主派・独立派のS総統が勝利→直後から台湾国内の反対デモ、SNSでの不正選挙を指摘する投稿が拡散され、台湾は騒擾状態に。
一月十二日、台湾国内でテロ発生。さらなるテロ予告も行われ、台湾政府は軍に指示を出すも、軍事基地間の通信が妨害されて混乱。
一月十三日、台湾政府が利用する情報通信衛星が中国のものとみられるミサイル攻撃を受け機能停止。SNSでは「中国の軍事攻撃を前に、総統らが国外逃亡を企てている」といったフェイクニュースが飛び交い、台湾国民の混乱は極まる。その後、S総統が行方不明に――。〉(同書第二章「シナリオⅠ 台湾へのハイブリッド侵攻・解説)
このシナリオは岩田氏が自衛隊最高幹部としての経験や知識から「実現が懸念されるシミュレーション」として提示するものだ。中国の台湾侵攻に際しては、サイバー領域だけでなく、通信の妨害や衛星の破壊と言った宇宙空間での攻防さえも考慮しなければならない。
まさにサイバー・宇宙・電磁波領域に及ぶ「新しい戦争」のシナリオだが、実は前例がある。2014年に起きたロシアによるクリミア併合とウクライナ侵攻だ。