本書はこう指摘する。確かにそうなのだが、一方で歴史的事象が起きた際に読まれた川柳は、歴史教科書などに掲載され、ほとんど全国民が知ることとなり、何十年、何百年と語り継がれることもある。
例えば、老中・田沼意次の時代の賄賂政治を風刺した〈役人の子はにぎにぎをよく覚え〉などがある。
規制か克服か、二つの道
高比良くるま氏が指摘するように、政治コンテンツは「儲け」の対象になっている。だが、「政治意識が低い」と言われてきた日本で、政治が「流行っている」ならそれを良い方向へと動機付けするのも一つの手かもしれない。
というより、すでに政治のコンテンツ化が起きている以上、偽情報も含む政治動画が実際の政治、投票行動に影響を与えることは避けようがない。規制を行っても抜け道はいくらでもあるだろう。であるならば、この政治のコンテンツ化の状況をうまく使って克服するよりほかないようにも思う。
〈有権者が感情的に政党や政治家・候補者を応援すること自体は悪くないが、政治家は国民の代表であり、監視の対象であるという視点を持たなければならない〉と書く本書は、その助けになる。
政治家の国会審議や街頭演説での発言を分析するための視座を養うことで、単なる暇つぶし動画や儲けるコンテンツとしての政治ではない、「感情」によって揺さぶられるだけでもない、「政治を見る目」を持つことができるのではないだろうか。
ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

