可視化されづらかった「右派の安倍嫌い」
面白いのは、一般的に右派市民=安倍支持者と目される中、排外主義者と分類される人たちの中に「安倍嫌い」が少なくない(大嫌いと答えた人が25%も存在する)という指摘だ。
本書ではこの結果に影響したのは2015年の日韓合意ではないかと指摘する。確かに、日韓合意の評価は基本的には安倍支持という保守派の論客の間でも二分されていた。
また、本書では触れていないが、筆者(梶原)の観測範囲では当時はわずかではあったが、安倍政権による「外国人労働者受け入れ拡大」や「駅施設などでの外国語併記推進」に反発している右派もネット上では確認されていた。こうした人々の存在は「右派か左派か」という二元論では見落とされてしまう。今回、調査によって「安倍に否定的な右派」が可視化されたことの意味は大きいと言えるだろう。
著者の松谷氏はこの結果について、次のように述べている。
(安倍は)左派市民にとっては大嫌いな存在ですが、右派市民にとってもまた、無謬な存在などでは決してなく、とくに排外主義者や伝統主義者の中には、否定的な評価をする人も少なくなかったのです。
「右派市民は安倍のような政治家が好きに決まっている」という見方もまた、憶測の域を超えるものではなかったと言えるでしょう。ある意味、右派市民のものの見方を単純化してとらえようとするバイアスがはたらいていなかったか、私自身も他人事ではない思いがしました。
同じ「右派」であっても、隣の人が実際にどの程度、何を考えているかはなかなか捉えられない。それが政治思想を異にする「左派」であれば当然なのかもしれない。その逆もまたしかり、なのだ。


