台湾有事は米中双方にとって「負けられない戦い」であり、いずれの側もできることなら事態を直接の武力衝突に発展させることなく、相手に手を引かせることができればよいと考えている。
だが、そうした期待も虚しくひとたび紛争が始まってしまった場合、その先頭は互いの通常戦力が限界まで消耗することを辞さないような熾烈なものになることが予想される。
コルビー国防次官の「警告」
そして、トランプ大統領のウクライナ支援に対する冷淡と見える態度にしても、アメリカが欧州正面への支援で摩耗すれば、アジア太平洋正面でのリソースが足りなくなるのも確かなのだ。
これについて、第五章の対談で登場するエルブリッジ・A・コルビー氏は「日本はクマに襲われている他国を心配する前に、目の前のドラゴンの脅威を直視しろ」と述べる。つまり、日本はロシアからの侵攻を受けているウクライナの心配をする前に、台湾や自国の危機に直結する中国を見ろということだ。
ウクライナへの同情はもちろん必要だが、日本がより効果的な抑止体制を整えなければ台湾有事の危機が近づき、二正面に対処するアメリカのリソース不足により「ウクライナも台湾も(そして日本も)共倒れ」になる可能性がある。
翻って言えば、日本はウクライナのためにも「目の前のドラゴンの脅威」に対処しなければならないのだ。
コルビー氏は第二次トランプ政権で国防次官に就任し、日本について繰り返し「防衛費を3%に引き上げるべきだ」と述べている。これが一部の日本人の神経を逆なでしているようだが、対談を読めばその真意がわかる。
自ら起こす戦争を企図して防衛費を増額せよと言っているのではなく、「戦争を起こさないためにこそ、日本が防衛費を上げるなどして抑止効果を高めるべきだ」と述べているのだ。
当事者意識のない日本の議論
第二次トランプ政権発足後のトランプ大統領や閣僚らの振る舞いにより、「もはやアメリカを頼れない」との印象は強まっている。特に名指しで批判されているNATO加盟国は、慌てて軍事費や国内の軍需・装備品生産の見直しを始めている。
だが、まえがきで村野氏が大統領選前の「もしトラ」議論に疑問を呈しているように、少なくとも安全保障についてはトランプ大統領だからどうこうという話ではないのだろう。アメリカが中東とアジア太平洋、あるいは欧州とアジア太平洋といったような二正面作戦を展開できない状態にあることは(第二次)トランプ以前から明確だったのだ。
村野氏は前書きで、当事者意識について触れている。日本の外交・安全保障論壇では欠けがちな要素であるとして〈そもそも「〇〇はどうなっていくのか」という問いは、「自分はどうしたいのか」という当事者意識と表裏一体になって初めて意味がある〉と述べる。