両生国家を選んだ習近平の重大失策
中国の未来を地政学的に見てみると、国家方針たる一帯一路(海陸のシルクロード)はランドパワーとシーパワーの確保があって初めて可能になることに注意しなければならない。思い出されるのは『海上権力史論』を唱えたアルフレッド・マハンのテーゼである。彼は「大陸国家であることと海洋国家であることは両立しない」と述べ、両生国家の在り方を否定する。
このテーゼは、他の史家も唱えるところで、東アジア史の泰斗・岡田英弘も、経済的側面から大陸国家たるモンゴルの経済的弱点を指摘して「陸上輸送のコストは海上輸送のそれよりもはるかに大きかった」と述べている。大陸国家は陸続きであるために、必然的に強大な陸軍が求められ、現中国を例にとっても115万もの陸上兵力を有している。これを日本の14万、アメリカの49万と比較すると膨大な数である。しかもこの数は、近年の兵力削減を済ませた後の数なのだ。
他方で、海上国家は防衛にかけるコストが少ない。また、膨張する場合でも、大陸国家に見られるような他国領をすべて治める必要はなく、シーレーンのチョーク・ポイント(要衝)のみを押さえておけばそれで済む。とりわけ、地政学的な要衝と物資の集まる集積地を押さえれば、相手の死命を制することが可能となる。大英帝国はこのようにして7つの海を支配した。
では、大陸国家と海洋国家が衝突すれば、どうなるか? 両国家がきわめて相性が悪いことは、ハルフォード・マッキンダーの次の言葉からもよく分かる。「人類史は、ランドパワーとシーパワーの衝突の歴史である」 と。
このテーゼは、両者(海洋国家と大陸国家)の性格傾向から見て正鵠(せいこく)を射ているように思われる。そのテーゼをさらに深めたのが、ニコラス・スパイクマンのリムランド論である。「リムランドを支配するものがユーラシアを制し、ユーラシアを支配するものが世界の運命を制する」とした上で、スパイクマンはこう述べる。
「自分たち(アメリカ)の安全を守るためにはヨーロッパとアジアの政治に積極的に協力しなければならない」(『平和の地政学』)と。海洋国家は、リムランド制圧に動く大陸国家の動向を見過ごすことはできないのだ。日米が中国の海洋進出に対抗して「開かれたインド太平洋自由構想」をぶつけている現状は、まさにそのことを示している。
そもそも、中国にはこれといった与国がいない。とりわけ、大国は皆無である。ロシアが唯一それに当たるが、そのロシアを離反させれば、ほぼ与国は皆無となる。EUは中国と経済的利害をもってつながっていたが、2012年あたりから関係が冷え込み始めた。
中国の弱点は、他国に輸出できるソフトパワーを持っていないことである。人民中国が思想的に唯一輸出できたものは毛沢東思想であったが、その毛思想は中国の伝統をことごとく壊してしまい、かつその毛思想も自ら放棄したため、今や文化的に誇れるものは皆無である。かつてのローマ帝国と比較すれば、さらに実態が明らかになる。
「ローマは3度世界を征服した。1度は武力で、1度はキリスト教で、1度は法で」(ドイツの法学者イェーリングの言葉)。では、現中国はいったいどうか。上の言葉で言えば、武力しか持っていない。キリスト教(宗教・思想)や法(普遍的法体系)に当たるものがまるでないのだ。これは、他国を真に魅了するものがまったくなく、経済と軍事のみで自己アピールしなければならないことを意味している。
ここが、過去の中華帝国とまったく違う。かつての中華帝国も周辺国への恫喝と侵攻を繰り返したが、その高度な文明の故をもって尊敬も勝ち得ていた。それが現中国にはないのである。これは、世界帝国として台頭するには致命的な欠陥となるであろう。
現在の中国は鄧小平が劉華清(中国海軍の父)を登用し、海洋進出を目指した時から両生国家の道を歩み始めた。そして今、それは習近平に引き継がれ、陸海併せ持つシルクロード戦略として提示されるに至っている。だがこれは、マハンの「両生国家は成り立たない」とするテーゼに抵触し、失敗に終わるであろう。
事実、両生国家が成功裏に終わった例はほとんど、ない。海洋国家たる日本は、大陸に侵攻し両生国家になったため滅亡した。大陸国家たるドイツも海洋進出を目指したため2度にわたる世界大戦で滅亡した(ドイツ第2、第3帝国の崩壊)。ソビエト帝国の場合も同じである。よもや、中国のみがそれを免れることはないであろう。一帯一路を進めれば進めるほど、地政学的ジレンマに陥り、崩壊への道を早めてゆく。
中国共産党政権の未来は限りなく暗いのである。
小滝透『一帯一路が中国を亡ぼす――習近平も嵌った、地政学的限界の罠』より一部抜粋
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【内容紹介】
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