法廷での”爆弾発言”
初公判は2021年8月3日(火)に予定されていたが、4日前の7月30日(金)に、同社の顧問弁護士の高田剛氏(和田倉門法律事務所)へ東京地検から公訴取り消しの電話が入った。理由は「滅菌・殺菌に該当するかどうか疑義が生じ、立証が困難になった」。
しかし、高田弁護士は「別の理由がある」と直感した。
「経産省と警視庁の交信記録を請求、経産省は強く抵抗したが、裁判長が開示を命令した。7月30日は開示文書の提出期限。最初は噴霧乾燥機が規制対象と思わなかった経産省が、警視庁に説得されて協力姿勢になったという、まずい経緯がばれるから取り消させたのでは」
そして、6月30日の法廷での濱崎賢太警部補の“爆弾告白”へとつながる。訊いているのは大川原化工機側の高田弁護士。
――本件は経産省がしっかりと解釈運用を決めていなかったという問題が根本にあるものの、公安部がそれに乗じて事件をでっちあげたと言われても否めないのでは?
濱崎警部補 まあ、捏造ですね。
――捜索により客観的な証拠は全て押収し、一年以上の任意取調で役職員から幅広く供述を得ている以上、口裏合わせは考えられないのだから、逮捕勾留の必要もなかったのでは?
濱崎警部補 そう思う。
――逮捕されるべきでない人が逮捕され、11カ月間も身柄拘束されることは決してあってはならないことだと思います。捜査を担当した立場として、誰がどうしていれば、この事態を防ぐことができた?
濱崎警部補 幹部が捏造しても、その上に指導監督者が何人もいたわけだから、その責任を自覚していれば防げただろうし、警視総監が承認した事件だが、警視庁の通報窓口に捜査員からあった通報を真摯に受け止めていたら、ここまでひどくはならなかったと思う。
さらに警視庁で実験にかかわった時友仁警部補は、「捜査幹部がマイナス証拠を全て取り上げない姿勢があった」 「捜査を尽くすために追加の実験を上司に進言したが、『余計なことをするな。事件が潰れたらどうするんだ』と責された」とも明かした。
警部補も腹を括っていた
インタビュー中の大川原正明社長(7月10日 粟野仁雄撮影)
昨年末の取材で、「経済安保の名目で国家がこんなことをしていては、日本の技術は世界に取り残されますよ」と、自己の苦難以上に日本の将来を危惧していた大川原正明社長が、改めてインタビューに応じてくれた。
――濱崎警部補が法廷で「捏造でした」と告白しましたね。
大川原 驚きましたよ。高田(剛)弁護士の質問に合わせて曖昧な言い方をするかもしれないとは思いましたが、「捏造でした」とはっきり言うとは……。
警視庁でこの捜査に当たった人は30人くらいはいたでしょう。彼らの間でも「おかしい。立件できないのでは」と声が出ていたはずです。捏造を告白してくれた濱崎警部補と時友警部補二人だけではない。そうでなければ、彼らは捏造とは言えなかったはずです。追い詰めた高田弁護士の力もありますが、警部補たちもある程度腹を括って証言席に出てきたのではないでしょうか。
ただ、上司の宮園(勇一)警視(捜査当時は警部)は部下の証言を必死で否定していました。彼は叩き上げの警官で、警視まで行った男。「なんとしてでも立件したい」という意志が強かったんでしょうね。
――6月23日は、警視庁公安部の安積伸介警部補は捏造を認めませんでした。
大川原 彼は上から言われたとおりに、都合の悪いことは隠し、ごまかし、都合のいいことだけ集めて証言していましたね。
僕の場合、何十回も聴取されましたが、調書にするのは四回に一回くらいです。「特に問題がなければいい」などの言い方をしたりして、都合の悪いことは記録に残さない。
この事件では殺菌がテーマでしたが、こちらは「殺菌という概念の定義をそういうふうに広げれば抵触する可能性もあります」と話しているのに、「拡大解釈すれば」という部分を抜いてしまっている。殺菌や滅菌の定義は、専門家のなかでは厳密な区別があるんです。
――安積警部補に参考意見を求められた四ノ宮(成)教授(微生物学・防衛医科大学学校長)も同様のことをおっしゃっていました。
大川原 「拡大解釈すれば」と仮定として話しても、「仮定」を抜いてしまう。「三人が共謀した」としないと罪にならないので、主観と客観を混ぜ込んで無理やり犯罪を作ったわけです。
でも、あの日、法廷で観察していると、安積警部補は証言席で震えていましたね。高田弁護士の尋問に応える時も、盛んに瞬きをしたりして落ち着かない様子でした。苦しい答弁だったのでしょう。