なぜ、言うべきことを言わないのか。国防の責任者である浜田靖一防衛相と海上自衛隊トップの酒井良海上幕僚長が、韓国海軍駆逐艦による海自哨戒機への火器管制レーダー照射問題を事実上棚上げにして日韓防衛協力を進めている。
浜田防衛相は6月4日シンガポールで行われた李鐘燮韓国国防相との会談で、同問題を棚上げにして再発防止のための実務協議を行うことで合意した。その上、酒井海幕長は6日の記者会見で「事実関係の追求より今後の連携体制を早期に確立することの方がより重要だ」との見解を示した。
浮上した暗殺未遂容疑者送還疑惑
日韓関係改善を積極的に進める韓国の尹錫悦政権も、レーダー照射の事実はなく、自衛隊機が危険な近接飛行をしたという文在寅前政権の立場を維持している。2月16日に発表された尹政権初の「国防白書2022」でも「日本側は、2018年12月救助活動中だった我が国艦艇に対する日本哨戒機の近接危険飛行を正常な飛行だと主張し、我が国艦艇が追跡レーダーを照射しなかったことを数回確認したにもかかわらず、事実確認なしに一方的に照射があったと発表」(174ページ)したと明記した。
だから、日韓軍事協力のためには事件の真相究明を棚上げにするしかないと日本側が判断したのかもしれない。しかし、その判断は間違いだ。
同事件の核心は、なぜ韓国海軍の駆逐艦が木造船救助のために日本海に出動したのかだ。当時の文政権が北朝鮮に頼まれ、北朝鮮の金正恩委員長の暗殺未遂容疑者が日本に亡命するのを阻止し、容疑者を北朝鮮に送還したという疑惑が北朝鮮内部から漏れてきている。
それが真実なら、韓国軍が北朝鮮の「下請け」をしたことになり、重大な国家反逆行為だ。その真実を明らかにすることなしに、韓国軍と軍事協力することは危険ではないのか。日本の防衛相と海上自衛隊トップこそが、その問題意識を持って真相究明を求め続けるべきなのだ。
関係正常化へ言うべきことを言え
実は、韓国検察が同事件の捜査を進めている。2022年8月、筆者の旧知の韓国の人権活動家がレーダー照射をした駆逐艦の艦長と、同じ場所で北朝鮮木造船の救助をした韓国海洋警察の大型船艦長をソウル地検に告発した。木造船に乗っていた脱北者の保護をきちんと行わず調査もせずに北朝鮮に送還してしまったことに対して、公務員政治的中立義務違反、北韓離脱民保護および定着支援違反などの罪状だ。検察は3月に「被告発人の調査を行った」と捜査を進めていることを明らかにした。現在、在英韓国大使館武官をしている駆逐艦元艦長の調査も行われたのだ。
事情通によると、検察の中にかなりの多人数から成る文前大統領捜査チームが存在するという。あるタイミングで尹錫悦大統領が前大統領逮捕という政治的決断を行い、事件の真相を明らかにする可能性もある。そうなれば、自衛官の安全を無視して真相究明を放棄した防衛相と海上幕僚長は大恥をかく。
日韓関係正常化のためには、言うべきことをいうことが不可欠だとあらためて強調する。(2023.06.12国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)