この1年間を振り返る役が回ってきたので、私見を交えた観察を申し述べたい。日本の国際情勢認識が国際情勢の変化と調子が合っていない点は、一貫して私が関心を寄せてきた問題だ。最近出版されて話題となったマルデンバウム米ジョンズ・ホプキンズ大学名誉教授の「The Four Ages of American Foreign Policy」(米外交の4時代)を面白く読んだが、全世界が注目している米国の第五の時代の考証はなされていない。先の大戦以来、今に至るまで先進諸国が従ってきた米国主導の国際秩序は機能不全に陥っている。これを再建できる国は米国以外に存在しないにもかかわらず、米国全体の目はその方向に向いていない。日本はようやく戦後からの脱却を口にし始めた段階にすぎない。
大国関係の地殻変動
私は、戦後の国際秩序が最も輝いたのは1991年だと信じてきた。ソ連との冷戦にケリを付けた後、イラクとの湾岸戦争をあっという間に片付けたこの年の3月6日に、高揚したブッシュ米大統領(父)が議会上下両院合同会議の演説で、「湾岸戦争こそは、新世界秩序が現実のものになりそうな新しい世界の展望の最初のテストだった」とぶち上げた表情を忘れない。
当時、米国は西側を冷戦の勝利に導いたまさに世界のリーダーであった。冷戦中、争いに明け暮れた大国は国連をおもちゃにしていたが、湾岸戦争には29カ国が参加し、国連で12本の決議が成立している。ソ連と中国も決議に参加した。敗北したイラクのサダム・フセイン大統領はいかにも国際的悪者にふさわしい役を演じていた。
米国の一極時代が到来する1990年から95年までの5年間が米国の最盛期で、以降、大国間のバランスは崩れていく。英雄となったブッシュ大統領も人気が急落し、次の選挙で思いもかけなかった落選の憂き目を見る。この時期が中国の台頭、勃興と重なる。ロシアの低迷も中国の伸張を許す結果となった。
現在の国際情勢の大混乱は、この時期の大国関係の地殻変動を出発点としているように思える。今秋、国家基本問題研究所はフランスの著名な歴史人口学者エマニュエル・トッド氏を招いて年次総会を開いたが、その際トッド氏が強調していたのは、国際情勢が既に第3次世界大戦に突入しているとの見方だった。
政治家は戦略を論じよ
今年の国際的二大事件は、ロシアのウクライナ侵略と中国による台湾恫喝だ。ブレジンスキー元米大統領補佐官が予見した通り、ウクライナ侵略は中央アジアから中東にまで伸びるユーラシア帝国を再建しようとするロシアの戦略的行動の一環だ。ロシアが不法行動に出なかったら、米欧の団結、北大西洋条約機構(NATO)の結束は考えられなかったであろう。トッド氏は中国が人口問題という病を抱えているところから、この国を恐れる必要はないと割り切っているが、米台関係がかつてない団結を誇示し、日台関係も結び付きが緩む様子はない。
日本の政治家に望まれるのは大きな戦略論であって、戦術論は官僚に任せる方がいい。でないと、ドゴール、チャーチルは生まれない。(2022.12.26国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)