目的は「民主主義の価値の失墜」
「サイバーセキュリティ」において、気を付けなければならないのは「情報の窃取」「インフラ攻撃によるシステムダウン」といった明確な犯罪行為のほか、「ネットを通じた世論工作」が挙げられる。
対象国の国民に成りすました偽アカウントによる偽情報の拡散、ネットメディアを装った偽サイトによる情報撹乱などによって、外国機関やその意を受けた組織や個人が、対象国の世論に揺さぶりをかける。中国・ロシアによる影響力工作は平時から行われているというが、こうした工作が激化するのはやはり選挙前のようだ。しかも、必ずしも中露にとって都合のいい選挙結果へ誘導することのみが目的ではないという。
土屋大洋・川口貴久編著『ハックされる民主主義』(千倉書房)は、2016年、そして2020年の米大統領選はもちろんのこと、中国の選挙干渉が行われたとされる台湾での総統選挙も踏まえながら、他国が選挙に干渉するリスクについて警鐘を鳴らす。
干渉の結果、中露にとって望ましい選挙結果になれば言うことはない。だが、そうでなくても、もともと攻撃対象国に存在する「分断」が深まればそれだけでも成果になる。さらには選挙というシステムそのものの信頼を低下させることで、結果的に民主主義そのものの価値を下げることができる。
残念ながらトランプ前大統領は、こうした外国勢力の思惑に、知ってか知らずか乗ってしまった。「勝利は奪われた」と、選挙不正があったかにほのめかすツイートを繰り返し、結果的にではあるが2021年1月6日の米議会襲撃事件を煽る結果となった。死者まで出したこの件に大統領自身が「干渉」したことは、対中外交などで残した功績を叩き潰すに十分だった。
アメリカ国民の半数近く(実に共和党支持者の8割)が、自国の選挙システムを信用しなくなり、こうした事態を見ていた周辺国の、アメリカに対する信頼も大いに失われたのだ。
「ドミニオン」を導入したのは誰か
「外国勢力が選挙に干渉したという以上、やはり選挙不正の可能性もあったのではないか」
そう思う向きもあるかもしれない。だが、2016年選挙では「投票前までの世論工作」という意味での干渉は明らかだった一方、2020年選挙において「選挙システムそのものに外国勢力が干渉し、選挙結果を覆した」という証拠はない。『ハックされる民主主義』では、アメリカが選挙不正を防ぐために行ってきた取組みに一章を割く(第五章、湯淺墾道氏執筆)。
投票方法は各州が定めること、2000年の「ゴアVSブッシュ」の大統領選での混乱、そして「紙と電子、どちらが安全か」などを巡って紆余曲折してきた経緯を丁寧にたどり、アメリカがいかなる苦労の末、選挙インフラの拡充を行ってきたかを記す。
2020年の大統領選では、電子投票に関しては「サーバが海外にある」「中国にハッキングされた」などの不確かな情報が流布された。特に、ドミニオン社の電子投票機がやり玉に挙げられたが、本書ではこう説明している。