【読書亡羊】ウクライナ侵攻を正当化するロシアの世界観とは? 小泉悠『「帝国」ロシアの地政学―「勢力圏」で読むユーラシア戦略』ラリー・ダイヤモンド『侵食される民主主義』

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


中露に共通する「そっちはどうなんだ主義」

特にロシアのメディアは旧ソ連時代からの戦術である「そっちはどうなんだ主義(whataboutism)」を多用しているとダイヤモンドは指摘する。

例えばロシアで人権抑圧的事件が起きた際「ではアメリカの黒人差別はどうなんだ」と提起し、批判をかわす作戦だ。これは中国も多用する手法である、とオーストラリアの学者クライブ・ハミルトンは指摘している(『目に見えぬ侵略』飛鳥新社刊 参照)。

この「作戦」に乗せられたのかどうか定かではないが、今回のウクライナ危機に際しても、日本の論者から「ロシアばかり責めるが、アメリカのイラク侵攻はどうなんだ」とか、さらにさかのぼって「アメリカだってテキサス併合をしたくせに」といった指摘は散見される。

反米意識がそうさせている面もあるだろうし、確かに欧米が常に正しいわけではない。

本書でダイヤモンドは「ウクライナの民主派支援のためには慎重な支援が必要」(下巻、第11章)と言うが、こうした支援自体がロシアにとっては脅威であり、「兄弟」であるはずのロシアとウクライナの間に亀裂を生じさせている、とするロシア側の言い分が全く間違っているわけでもないだろう。

だが、ロシアが演出する「自国の悲劇性や被害者意識」に過剰に肩入れし、「そっちはどうなんだ主義」に乗ってロシアの暴挙を擁護すれば、今まさに生まれている被害者の存在を見過ごすことになる。ウクライナにはロシアとは違う、ウクライナ独自の歴史・アイデンティティ・ナショナリズムがあるのだ(黒川祐次『物語ウクライナの歴史』中公新書)。

社民党がロシア擁護で大炎上

今回のウクライナ侵攻についてロシアを擁護することは、特に日本の左派こそ守りたいはずの「戦後秩序」を破壊することに繋がりかねない。さすがの朝日新聞や共産党でさえロシア非難の構えを見せる中、社民党は党機関紙『社会新報』の社説でロシア擁護論を展開した。記事は大炎上し(さらにウクライナ大使館からの抗議があったとも言われるが)、何の説明もないままウェブ上から削除された(https://news.yahoo.co.jp/byline/obiekt/20220221-00283080
(追記:社会新報の記事は、何の説明もないまま再びアップされた)。

日本人がいくら織田信長を理想の上司にあげようと、それはあくまで架空の話。相手に問題があるからと言って比叡山を焼き討ちにするような人間を、現代社会が許すわけにはいかないのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

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