【読書亡羊】共感とギャップの波状攻撃 柿沼陽平『古代中国の24時間』(中公新書)

【読書亡羊】共感とギャップの波状攻撃 柿沼陽平『古代中国の24時間』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


彼らも私たちも「日常」を生きている

本書の成果は学問的には「民衆史」「日常史」の範疇にある。これまで民衆は「国や王に対立するもの」としてや、「歴史を主体的に作り上げていく民」としての視点から考察されることが多かった。

だがそれゆえに、本書が拾い上げたような占い、排泄、ハゲ、酒の席、風呂などの「ただただ『生』のありようそのものを語る」材料は軽視されがちだったという。

だが筆者の柿沼氏が指摘する通り、今の私たちが「毎日毎日、何らかの歴史に残る事件にかかわるわけでもなく、ただ昨日とさほど変わらない日常を生きている」ことがほとんどであるように、過去の人々もまた「日常」を生きていたのだ。

そして本を読んで、こう思うはずである。「今生きている私たちの生活、発言、行動も、何らかの形で歴史として残っていくのだ」と。

今から2000年後、「令和日本人の24時間」を書こうと思ったら、新聞、雑誌、ネットニュースだけでなく、個人のツイッターやfacebookの記述まで、ありとあらゆる材料が存在することになる。

後世の歴史家が「令和日本」をどうまとめ上げるか、その成果を見ることは不可能だが、そんな「過去から未来まで、歴史を流れとしてみる視点」さえ、本書で養えるのだ。これこそ歴史を楽しみ、歴史を生きる醍醐味ではないだろうか。

先人たちの営みに感謝

ちなみに、本書の第8章「農作業の風景――午後一時頃」には、この書評欄の連載タイトル「読書亡羊」のもとになったと思しき故事が引用されている。

もちろんもれなく注釈がついているので、出典元が『荘子』外篇駢拇篇であることも知り得た。知ったとたんに何やら高尚なタイトルに見えてくるから不思議だ。

読書にかまけてヒツジ番の仕事をさぼって怒られた、古代中国の名もなき人物。名は残らなくとも、その営みはこうして伝わったことになる。

そして当欄筆者もヒツジこそ逃がさないながら、読書にかまけてこの連載原稿を書き始めなければ、やはり編集長から怒られることになっただろう。

先人たちの「営み」に感謝するばかりなのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

関連する投稿


【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす  御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす 御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「私が死んでも代わりはいるもの」――「覚悟ガンギマリ」赤根所長が率いるICC  スティーヴ・クロウショー『権力者を訴追する』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「私が死んでも代わりはいるもの」――「覚悟ガンギマリ」赤根所長が率いるICC スティーヴ・クロウショー『権力者を訴追する』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】九段周辺は「戦争の記憶の貯蔵庫」に溢れている  林英一『戦争記憶の歩き方』(彩流社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】九段周辺は「戦争の記憶の貯蔵庫」に溢れている 林英一『戦争記憶の歩き方』(彩流社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「信じるか否かはあなた次第」の時代を乗り切るための一冊  松村一志『科学否定論はなぜ人を惹きつけるのか』(ちくま新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「信じるか否かはあなた次第」の時代を乗り切るための一冊 松村一志『科学否定論はなぜ人を惹きつけるのか』(ちくま新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】テック右派が抱く焦燥感の正体とは  カーティス・ヤーヴィン『ネオ君主論』(PHP)|梶原麻衣子

【読書亡羊】テック右派が抱く焦燥感の正体とは カーティス・ヤーヴィン『ネオ君主論』(PHP)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】失敗に終わった米中首脳会談だが……|藤原かずえ

【今週のサンモニ】失敗に終わった米中首脳会談だが……|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【今週のサンモニ】斎藤幸平氏の陰謀論と正論|藤原かずえ

【今週のサンモニ】斎藤幸平氏の陰謀論と正論|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす  御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす 御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】張本さんに「あっぱれ!」|藤原かずえ

【今週のサンモニ】張本さんに「あっぱれ!」|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【今週のサンモニ】農水省とJAの癒着|藤原かずえ

【今週のサンモニ】農水省とJAの癒着|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。