誰が大統領になっても程遠い韓国の法治回復|西岡力

誰が大統領になっても程遠い韓国の法治回復|西岡力

私は、文在寅政権の法治破壊を引き継ぐ与党候補は論外だが、野党候補に法治回復への期待をかけていた。しかし、今回決まった野党の候補を見て、私は韓国の法治は回復しないとため息をつかざるを得なかった。法治主義が機能していないという事実を前提に距離を置いて付き合うしかない。


来年3月に行われる韓国大統領選挙の候補者が出そろった。与党「共に民主党」は李在明・前京畿道知事、第1野党「国民の力」は尹錫悦・前検事総長を候補に選出した。ほかに中道野党「国民の党」から安哲秀氏、極左の正義党から沈相奵氏が出馬を表明している。

野党候補・尹氏も期待できない

大統領候補選びの隠された焦点は韓国の法治主義の回復だった。我が国政府は2015年から韓国に対して同じ価値観を共有するという表現を使わなくなっている。自由民主主義、市場経済、人権、法治という普遍的価値観のうち、法治が著しく毀損されていることがその理由だ。産経新聞ソウル支局長が当時の朴槿恵大統領に関する噂を書いた記事を理由に刑事起訴されたことが、そのような判断を下す直接の契機だった。2018年の朝鮮人戦時労働者への賠償判決、今年の慰安婦賠償判決と、国際法違反の判決が続いていることも韓国の法治崩壊の表れだった。

私は、文在寅政権の法治破壊を引き継ぐ与党候補は論外だが、野党候補に法治回復への期待をかけていた。しかし、今回決まった野党の候補を見て、私は韓国の法治は回復しないとため息をつかざるを得なかった。

2016~17年の朴槿恵大統領弾劾政変は、ねつ造報道にあおられた街頭デモを恐れた当時の与党の裏切りの結果、法と真実が踏みにじられて起きたものだった。懲役20年の実刑判決を受けた朴槿恵氏は現在も入獄しているが、受け取った賄賂は1ウォンもないことが判決に明記されている。私人である友人の崔順実氏の娘が国家代表馬術選手であり、サムスン電子から競技用の馬を提供されたことなどが朴槿恵氏への賄賂と認定されたのだ。

検察は朴氏と崔氏を「経済共同体」だとし、サムスンが経営権継承問題で朴氏に「黙示的請託」をしたという奇怪な理屈を持ち出した。2人に共同財産はなく、サムスンが朴氏に便宜供与を依頼した事実もなかったが、この検察の理屈を裁判所が受け入れた。

異質な隣国

この理屈を生み出した責任者が尹錫悦氏だった。尹氏は朴氏捜査の特別検察のチーム長やソウル中央地検長として、朴氏の捜査と裁判で検察を指揮した。尹氏はその手柄を認められて2019年、文政権によって検事総長に任命されたが、文政権が検察から捜査権を奪う「検察改革」を進めようとしたので、自分たちの権限を守るためその改革の設計者である曺国・法相の不正の捜査を断行して、辞任に追い込んだ。それを見て、文政権に批判的だった保守派国民が大喝采を送り、尹氏の人気が高まった。尹氏が大統領になれば、文氏やその部下たちを逮捕してくれるのではないかという期待感がその背後にあるのだろう。

韓国は法治という観点でかなり異質な国だ。ごく少数の自由保守派が尹氏を法治の観点で批判しているが、それはいまのところほとんど影響を及ぼしていない。日本は安全保障と経済分野で韓国との関係を絶つことは不可能だが、法治主義が機能していないという事実を前提に距離を置いて付き合うしかない。(2021.11.08国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


韓国で「尹大統領支持」急増の理由 | 柳錫春・閔庚旭

韓国で「尹大統領支持」急増の理由 | 柳錫春・閔庚旭

弾劾無効と不正選挙の徹底検証を訴える声が韓国社会に大きなうねりを巻き起こしている。いま韓国で何が起きているのか? 韓国の外交・安保に生じた空白は今後、日韓関係にどのような影響を及ぼすのか? 韓国政治に精通する柳錫春元延世大学教授と、公明選挙大韓党の閔庚旭代表が緊急独占対談で語り合った。


韓国でも報じられない「尹錫悦大統領弾劾裁判」の真実 | 康容碩

韓国でも報じられない「尹錫悦大統領弾劾裁判」の真実 | 康容碩

尹錫悦氏と司法研修院の同期でYouTubeフォロワー100万人を誇る人気弁護士が独占インタビューで明かした「大統領弾劾裁判」の全貌。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

日米韓の慰安婦問題研究者が東京に大集合。日本国の名誉と共に東アジアの安全保障にかかわる極めて重大なテーマ、慰安婦問題の完全解決に至る道筋を多角的に明らかにする!シンポジウムの模様を登壇者の一人である松木國俊氏が完全レポート、一挙大公開。これを読めば慰安婦の真実が全て分かる!


「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」――アメリカに本部を置く北朝鮮人権委員会が発表した報告書に記された衝撃的な内容。アメリカや韓国では話題になっているが、日本ではなぜか全く知られていない。核開発を進める独裁国家で実施されている「現代の奴隷制度」の実態。


「もしトラ」ではなく「トランプ大統領復帰」に備えよ!|和田政宗

「もしトラ」ではなく「トランプ大統領復帰」に備えよ!|和田政宗

トランプ前大統領の〝盟友〟、安倍晋三元総理大臣はもういない。「トランプ大統領復帰」で日本は、東アジアは、ウクライナは、中東は、どうなるのか?


最新の投稿


【今週のサンモニ】潔癖で党総裁になったのに潔癖でなかった石破首相|藤原かずえ

【今週のサンモニ】潔癖で党総裁になったのに潔癖でなかった石破首相|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か  ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


イーロン・マスクの「裏の外交」|長谷川幸洋【2025年4月号】

イーロン・マスクの「裏の外交」|長谷川幸洋【2025年4月号】

月刊Hanada2025年4月号に掲載の『イーロン・マスクの「裏の外交」|長谷川幸洋【2025年4月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


安倍総理暗殺「追及すると政治的に抹殺されるよ」【高鳥修一】

安倍総理暗殺「追及すると政治的に抹殺されるよ」【高鳥修一】

月刊Hanada 公式YouTubeチャンネルに投稿した『安倍総理暗殺「追及すると政治的に抹殺されるよ」【高鳥修一】』の内容をAIを使って要約・紹介。