環太平洋経済連携協定(TPP)の11カ国は、米国の巨大経済力を急追する中国の加盟申請を拒否できるのか―。米英豪3カ国が対中抑止の新しい安全保障の枠組み「オーカス」を発足させると、中国はこれに対抗するかのようにTPP加盟を申請した。台湾も間髪を入れずに名乗りを上げ、自由貿易協定であるはずのTPPがにわかに政治化してきた。
TPPにはもともと、日米主導の「中国に対する経済包囲網」という暗黙の了解があった。しかし、中国は米国が離脱した穴を埋めて、逆に太平洋地域での影響力拡大に利用する構えだ。日本はTPPが中国の覇権分捕りに利用されないよう、知略を尽くして加盟を阻止し、民主主義の価値を共有する台湾の加盟に道を開かなくてはならない。
中国のもくろみ
TPPへの新規加盟が相次ぐことは、自由経済圏の拡大につながるから、本来は大いに歓迎したいところだ。英国がすでに2月に加盟申請しているが、TPP支配をもくろむ中国と同列には論じられない。TPP11カ国が実現させた貿易・投資の高度の自由化は、習近平政権の下で強化が進む国家統制の対極にあるからだ。
TPPに対する中国の優先順位は、①台湾の加盟を阻止する②TPP11カ国を分断して対中包囲網を崩す③地域覇権を確立するテコとする―などだろう。なによりも、TPPルールを受け入れて加入条件を満たす台湾の加盟は絶対に許さない。1991年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で中台が同時加盟したことは「一つの中国」原則からの後退であり、中国が二度と繰り返してはならない悪夢なのだろう。
まして、中国が既存のTPPルールを守る意思があるとは思えない。2001年に加盟した世界貿易機関(WTO)では、不公正な貿易慣行を改めないまま、有利な交易条件だけを享受してきた。今回もその成功体験を踏まえて、「世界の貿易ルールを決めるのは大国だ」とばかり、例外扱いを要求するのは目に見えている。
英の加盟手順を先例に
果たしてTPP11カ国は中国の圧力に耐えられるか。確かにTPPには、全加盟国が賛成しないと新規に加盟できないとのルールがある。しかし、加盟国の多くは中国が最大の貿易相手国という事情があり、半数以上の加盟国が受け入れになびいた場合に、中国の狙いどおりに「TPPの分断」が進む可能性がある。東南アジア諸国連合(ASEAN)のうち、早くもシンガポールとマレーシアが中国のTPP入りを歓迎している。しかも来年は、TPP議長国がそのシンガポールになるところから、中国は加盟交渉に入れる可能性が高くなる。
したがって日本は、米国のTPP復帰を求めつつ、先行して加盟交渉に入っている英国に新規加盟条件を厳格に適用することが肝要である。これをいわば新規加盟の先例としてTPP全体で共有し、中国にも当てはめる。条件を満たさなければ加盟交渉に入れないように定式化する必要がある。当然、台湾が条件を満たせば交渉の道は開かれることになる。日本はオーストラリア、カナダなどを巻き込みながら、粛々と手順に沿って進めるべきであろう。(2021.09.27国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)