札幌地裁が5月31日、北海道泊村にある北海道電力泊原子力発電所1~3号機の運転差し止めを認める判決を出した。東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故後、各地で原発の運転差し止めや設置許可取り消しを求める訴訟が起こされたが、いずれも上級審で覆っている。今回の原告も「脱原発弁護団全国連絡会」の支援を受けた「日本国内又は海外に居住する1201名」である。判決は、北電が取り組んできた安全対策に注目せず、裁判の長期化で事実上の「時間切れ」が来たとして、予想される津波と防潮堤の高さの議論だけで運転差し止めの判断を下している。
左翼イデオロギーの訴訟活動
脱原発弁護団全国連絡会の共同代表の河合弘之、海渡雄一両弁護士らは、左翼イデオロギー的な視点で原発を「悪」と決めつけ、全国で反原発訴訟を展開している。しかし、安全対策を徹底した原発の電力安定供給への役割は大きい。
泊原発の場合は、現在、津波のシミュレーションや地盤液状化に関して原子力規制委員会の審査を受けており、高さ16.5メートルのコンクリート製の防潮堤を岩盤の上に直接設置して液状化の影響を受けない堅牢な防潮堤に作り直すことを表明している最中であった。
判決文には、「本件訴訟は提訴から10年以上、原子炉の変更許可申請から約8年もの期間が経過したが、(中略)被告が、原子力規制委員会の適合性審査をも踏まえながら行っている主張立証を終える時期の見通しが立たず、(中略)審理を継続することは相当ではない。」と記されている。また、運転差し止め請求については、「その運転によって周辺住民の人格権(生命・身体)を侵害するおそれを有する」とし、泊原発から半径30キロ以内に居住する原告44人の差し止め請求を認めた。
無視された多様な安全対策
筆者が指摘したいのは、泊原発では原子力規制委員会が定めた新規制基準に基づいて、多様な安全対策が施されていることである。防潮堤に加え、原子炉建屋入り口に大型で分厚い 水密扉(堅牢な防水扉)があり、安全上重要な機器を納める機器室の入り口も水密扉である。さらに高台には大型の電源車や注水ポンプなどの機材が配備されている。これにより原子炉を安全に停止できることや、放射性物質を濾し取ってから排気するフィルタベントも備えていることを今回の判決は無視している。
原告らが放射線を浴びて命や身体に致命的な危害を受けることは、限りなくゼロに近い。ロシアのウクライナ侵攻に伴う米欧主導の経済制裁で天然ガスなどの価格が高騰しており、火力発電による電気代が上がって生活弱者の生存が脅かされるリスクの方が高い。
「時間切れ」の司法判断は原子力規制委の遅々とした適合性審査が招いたともいえる。「概ね2年で審査し、審査中に審査条件を変えてはならない」という行政手続法を順守し、審査を迅速化する規制委の組織の見直しが必要であろう。反原発の主張が幅を利かす日本と対照的に、欧米や中国では多数の原発が建設されようとしているのだ。(2022.06.13国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)