ウクライナ南部のカホフカ・ダムが6月6日に決壊し、ダム下流の広大な地域が洪水に見舞われた。ロシア軍に占拠されている近くの欧州最大のザポリージャ原子力発電所は冷却水をこのダムから取っていた。国際原子力機関(IAEA)は別の貯水池があるので「直ちに冷却に困ることはない」とパニックを抑える声明を出したが、筆者は潜在的にメルトダウン(炉心溶融)の危険があることを指摘したい。
メルトダウンの危険
ダムの決壊原因をめぐり、様々なことが明らかになってきた。巨大なダムの上部の道路を破壊するには、大量の火薬を仕掛けなければならない。昨年11月にも道路が爆破されているが、ダムを占拠し実質的に管理下に置くロシア軍が仕掛けたと見るのが自然だ。決壊の4日前にダム上部の道路が破壊され、その衛星写真が公開された。爆発に伴う赤外線も検知されており、ダムが火薬によって爆破されたことを裏付ける。ロシア軍はダムの放水弁を閉じて水位を異常に高くし、過大水圧により意図的に決壊を促したと思われる。ダム上部の制御室や発電機室なども全て破壊された。
ダム下流のヘルソン地区だけでなく、ドニプロ川を挟んだロシア占領地でも人的被害が拡大し、ウクライナ軍の反転攻勢を阻止しようとするプーチン・ロシア大統領の冷酷さを際立たせている。ダム下流地域の農作物への甚大な被害も懸念される。
ザポリージャ原発はロシア軍のウクライナ侵攻から間もない昨年3月に占拠され、運転員はロシア軍の妨害を受けながらも、原子炉6基のうち2基の運転を何とか継続し、ウクライナ国内へ貴重な電力を供給してきた。ロシア軍から10回に上るミサイル攻撃を受け、原発本体の破壊は免れているものの、敷地内の受電設備や原発関連施設に被害が出た。
ロシア軍は原発の建屋内に軍用車両を収納し、原発を事実上の軍事基地と化し、運転員を拘束し、拷問まで加えている。ロシア軍の横暴を防ぐため、IAEAのグロッシ事務局長がザポリージャ原発を訪問した。現在は、ウクライナの全原発にIAEA職員が志願して駐在している。ロシア軍を監視するとともに、「人間の盾」としてロシア軍の原発へのミサイル攻撃を防ぐためだ。国連安保理が常任理事国ロシアの拒否権のために機能を失う中で、国連機関のうち唯一IAEAが職員の命懸けでウクライナの原発を守っている。
日本が支援できる給水管と電源ケーブル
ロシアは、ウクライナの火力発電所、送電鉄塔や送電線、水力発電のための巨大ダムを破壊し尽そうとしている。原発への電力供給が途絶えると、外部電源喪失となり、冷却水を送るポンプが停止する。急場をしのぐ非常用ディーゼル発電機への燃料輸送がストップすれば、メルトダウンの危機に陥る。ロシアが戦術核兵器を用いなくとも、甚大な被害が発生する。
IAEAによると、代替水源で冷却水を供給できるのは「数カ月間」という。現在確保されている冷却水があるうちに、我が国がザポリージャ原発へ他の場所から水と電力を運ぶ給水管と電源ケーブルの地下敷設を支援すべきだ。(2023.06.12国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)