10月2日、首相官邸で日本学術会議新会員の辞令が交付され、学術会議の新体制が決まった。新会長に選ばれた光石衛(まもる)・東京大学名誉教授(機械工学)は、菅義偉前首相が任命を拒否した6人について「改めて任命を求めていく」と語っており、左翼イデオロギーによる学術会議支配が今も続いていることが分かる。学術会議の反原発、反軍事思想の弊害が顕著に表れた最近の例を紹介しよう。
相変わらぬ反原発思想
まず、東京電力福島第一原発のトリチウム処理水の海洋放出について、学術会議は科学的知見に基づく見解を一切発表しなかった。処理水の安全に国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得たにもかかわらず、中国が猛烈に反発し、我が国の水産物を輸入禁止にした。学術会議の沈黙の背景には反原発思想があり、研究上の交流がある中国への遠慮もあったのではないか。
第二に学術会議の委員会は9月26日、原発事故で住民を避難させる際、放射性物質の広がりを予測する時代遅れのシステムSPEEDIの活用を提言した。
原子力規制委員会では、正式名称「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」のSPEEDIを原子力災害時に使わないことを決めている。事故を起こした原発の炉心状況から放射能の放出量を求め、気象拡散シミュレーションを用いた複雑な解析手順を踏むため、放射性物質の飛散方向予測がめまぐるしく変わり、行政当局の避難指示系統に乱れが生じ、福島第一原発事故では高齢者を無理に避難させ関連死を招いた負の実績があるからだ。
多くの安全対策を施して再稼働した原発には、万一の事故の時でも放射性物質を除去して安全な状態にして排気するフィルターベントが設置されている。フィルターベントが作動して空気中の放射線量が上がらなければ原発から5~30キロ圏内は屋内退避で済む。過酷事故解析は長足の進歩を遂げており、フィルターベントの作動を放射線のモニタリングポスト(観測施設)で検証すれば良い。反原発で凝り固まる学術会議はそれを認めない。
軍事拒否は科学技術研究凋落の1要因
第三に、学術会議の軍事研究禁止が我が国の科学技術研究凋落の要因の一つとなっている。文部科学省が8月に発表した「科学技術指標2023」によると、国際的に注目されて引用される科学論文の数では、2019~21年の3年間平均で、1位が中国、2位米国、3位英国、4位ドイツで、日本は13位だった。2000年には1位が米国、2位が英国、3位がドイツ、4位が日本、10位が中国だったので、日本の一人負けである。
米欧や中国では、軍民協力研究が大きな成果を上げている。航空宇宙、高性能半導体、量子コンピューター、高度な通信網、人工頭脳(AI)、ウイルス研究など、先端分野の科学技術は、軍事研究と民間研究が車の両輪となって急速な進歩を遂げている。ところがわが国では、ロシアのウクライナ侵略で国民が安全保障の重要性に気づく中で、学術会議は軍事研究を相変わらず禁止して、科学技術の進歩の足を引っ張っている。科学技術立国が泣く。(2023.10.10国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)